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写真:長野県南佐久郡佐久穂町にて。東京から移住して4年目の夫婦を再訪しました。
※本記事は取材先のご希望で無料公開に設定します。お楽しみいただけると幸いです。
旅する人、移住する人が世界規模で激増中。「遊動の時代」の生き方を考える
「遊動の時代」というキーワードを見聞きすることが増えた。好奇心の塊のような動物である人間は元来、遊びと移動が大好きなのだ。発展途上国と言われる国々でも中間所得層が育ってきている現在は、旅や移住が世界規模で激増しているらしい。
この事象は日本各地の観光地や繁華街にいる「ヨソモノ」の膨大な数を見てもうなずける。もともと「西東京ひきこもり」気味だった僕も一例で、現在は愛知県蒲郡市の自宅を拠点にしつつ1か月のうち5泊ほどは他の都道府県で働いたり遊んだりしている。以前は考えられなかった暮らし方だ。
今後、広い意味での観光客向けのビジネスが増えていくはずだが、都会からのアクセスが悪い場所ほど「特定層を継続的に惹きつける価値」の有無が問われる。富士山のような強力な観光資源がない場合、自らが唯一無二の魅力を発信しなければならない。
また、地方移住した人の「その後」も気になる。都会と比べると人間も商業施設も少ないので、主体的に動かないと寂しさと退屈でいじけてしまいそうになるのだ。僕も妻以外に知り合いがいなかった蒲郡市でそれなりの失敗と努力を重ねた。
3年前にGURURITOで制作して妻にプレゼントしたバングル。最近、全然使ってくれていないなと思っていたら……。
ポツリポツリと話す夫を妻が大量に補足する。「2人で1人」なお似合い夫婦
観光ビジネスと移住の両面で良きケーススタディになりそうな夫妻がいる。2020年12月に東京から長野県の佐久穂町に移住をして、素人がジュエリーの制作をできる工房GURURITO(前回記事はこちら)を切り盛りしている平野さん夫妻だ。
前回は、3人のスタッフのうち最年長の藤森隆さんを中心に話を聞きつつ、ジュエリー制作を体験させてもらった。今回は藤森さんがご家族との北海道旅行中とのこと。3年前に作って金メッキが剥げてきたシルバーバングルとイヤーカフを直してもらいつつ、平野さんの夫妻の話をじっくり聞くことにしよう。
なお、旦那さんの平野卓(すぐる)さんは味わい深い人物だけどトーク上手とは言えず、奥さんの未希さんは物おじせず話すタイプ。インタビュー中は卓さんがポツリポツリと話し始めた内容を、すかさず未希さんが大量に補足する場面が多かった。記事では平野夫妻をニコイチの「平野さん」として扱うことにする。
GURURITO3人のうちで最も職人気質な平野卓さん。バングルの状態をしっかりチェックして、研磨したうえで金メッキをし直します。
住み続ける一番の理由は「環境」。自然豊かな場所で否定し合わずに暮らしたい
「2022年2月に息子が生まれました。自然豊かなところで育てたいと思い、森の幼稚園として知られる『ちいろばの杜』という子ども園に預けています。保護者の多くが移住者で、すごくオーガニックな人もいますが、お互いのことを否定し合わない関係が心地いいです。少子高齢化が進んでいる佐久穂町では子どもは希少で、近所のおばあちゃんが『赤ちゃんを見たのは何年ぶりだろう』とかわいがってくれたりします」
東京に戻れなくなった一番の理由を教えてくれる平野さん。ちなみに、先に佐久穂町の移住してきた藤森さんも、長女を「イエナプラン教育」の小学校に入れることが目的だった。子育て中の家庭にとって、住み続ける場所を決める際に最も重要なのは環境なのかもしれない。
元々平野さん夫妻は、東京の三軒茶屋にあるジュエリーメーカー、株式会社フジモリ(代表者は藤森さん)の社員として働いていた。長野に移住を機に、卓さんは独立して藤森さん二人で合同会社を設立。現在に至る。未希さんのほうは時短でフジモリにも勤務。夫婦の安定収入を支えている。
イエローゴールドメッキを施し直してピカピカになったバングル。新品よりも愛着がわくのか妻は再びヘビーユースしています。
開業4年目のGURURITO。商売の軸は結婚指輪の制作ワークショップ
2021年6月に開業したGURURITOは現在4年目。商売は順調なのだろうか。
「1年目はとにかく必死でやっていて、2年目からは(収益性の高い)ブライダルに寄せて動画撮影などをして宣伝しています」
確かに、GURURITOのホームページを見ると、以前にはなかった動画が上手に配置されている。若いカップルが工房を訪れて結婚指輪を作る様子だ。スチール写真もあり、動画と同じトーンのパンフレットも制作した。これらは佐久市に住むデザイナーが一貫して手掛けてくれているらしい。モデルは佐久穂町内でドーナッツ店を営むカップルに依頼した。GURURITOはその後も、町内の個人商店仲間にオリジナル指輪をはめてもらった写真をインスタグラムにアップするなどの宣伝活動を続けている。
「マンネリ化は避けなければなりません。藤森が中心になって、『ここに予算を使っていこうよ』と話し合っています」
平野夫妻の後方にいるのは「見習い生」の石原さん。甲府市にあるジュエリー専門学校の3年生です。「インスタやホームページで見習い募集を出すと、いろんな人が応募してくれます」(平野さん)
体験型工房としての差別化ポイントは、広々とした空間でゆっくり制作できること
開業当初は長野県内からの客がほとんどだったGURURITO。コロナ禍がほぼ終息した現在は、ホームページやSNSを見たという首都圏からの日帰り客が増えている。
「体験型のジュエリー工房は都内にもあります。でも、(家賃などが高いので)1日に3組も4組も予約を入れて効率重視のオペレーションにならざるを得ません。ここでは広々とした空間でゆっくり制作できます。ペアリングは2時間、ウェディングリングは3時間という所要時間を設定してあります」
最近ではGURURITOだけを目指して佐久穂町にやってくるカップル客もいるという。贅沢な時間の使い方をすることで、より特別な指輪となるのだろう。
こちらもGURURITOの新顔。卵は平野家の食卓に上がっています。自家製のウズラの卵なんて羨ましい!
マルシェイベントを毎月開催。地域の夏祭りにも参加。地域とのつながりをつくるために
地域に馴染んでつながりを作ることにもGURURITOは主体的に動いている。2023年の1年間は「サンデーマーケット」というマルシェイベントを毎月開催。近隣の店舗との友好関係が強まった。
「12月のクリスマスイベントが大成功で終わったので一区切りつけました。祇園祭という地域の夏祭りには毎年参加しています」
GURURITOがある佐久穂町高野町はさらに4つの町に分かれており、それぞれが山車を出して祭を盛り上げる。卓さんと藤森さんは同じ地域のカレー店の店主とともに「東町」の貴重な「若衆」だ。いずれも移住組であり、過疎化が進む小さな町に子育て世代が引っ越してくることのインパクトの大きさが伺える。
GURURITOの工房内には近隣のお店のショップカードがたくさん置いてありました。良い客は共有するのが「地域で始める小さな商売」の流儀です。
気心が知れた客とならば新しいことができる。リピーターの確保は商売の安定にも直結
今後の展開としてGURURITOが考えているのは、本格的に彫金をやりたい人のための教室を定期開催することだ。この計画は3年前にも聞いたが、ものづくりが好きな人たちが遠方からも来てくれるようになって現実味を増している。
「私たち自身も、毎回新しい人を接客していると『どうしてこんな田舎に工房を設けたのですか』といった定番の質問に応答する内容がどうしてもマンネリ化してしまいます。気心が知れてきたお客さんと新しいものづくりをしてみたいです」
新しい客とは新しいことができない。矛盾のように感じるこの現実は飲食店に例えるとわかりやすい。一見の客に対しては無難な定番メニューしか出せないが、信頼関係を築けた常連客には「新作を食べてみて」と提案できるからだ。それが失敗作だったとしても常連客としてはむしろ誇らしい出来事だろう。もちろん、良質なリピーターの確保は商売の安定にもつながる。
開業4年目にして「広々とした空間でゆっくりとものづくりをしたい人」という顧客像をつかんだGURURITO。新しい客のうちの10人に1人ぐらいがリピーターになる流れができたら、平野さんと藤森さんの家族はマンネリ化することなく佐久穂町に永住できるはずだ。(了)
真鍮の板を叩いて作った豆皿。彫金教室では指輪やバングル以外にも制作可能。自由度の高いものづくりができるようです。
東京から「フワッと軽い気持ち」で佐久穂町に移住してきた平野夫妻。どんな土地でも楽しく暮らしていけそうなパワーを感じました。