写真: 佐々木さんが編集と執筆を手がけた新刊『青魚で幸せになれる本』(池田書店)。僕は随所に付箋を貼ってすでに使い込んでいます!(池田書店提供)

※この記事は多くの書き手やこれから魚さばきを覚えたい人が読むべき内容と判断して無料公開とします。お楽しみいただければ幸いです。

映画制作に例えるなら、編集者は監督でライターは脚本家です

 ライターの仕事をしていると、出版業界以外の人からは「本や雑誌を作っている人」だと思われることがある。極端な例では「古希記念の日めくりカレンダーを作りたい」という相談を受けたこともあった。それは印刷会社の仕事ですよ……。
 本や雑誌、WEBサイトなどをまとめ上げるのは編集者だ。僕たちライターは文章の部分を依頼してもらう職人の一人にすぎない。映画制作に例えるなら、編集者はプロデューサーと監督を兼ねたような存在で、ライターは脚本家だろう。編集と執筆の両方ができる人もいるけれど、基本的には別々の職種だ。
 僕の場合は、出版業界の入口は小さな編集プロダクション(略称は編プロ。テレビ業界の制作会社に該当)だったので、社長が出版社から請け負った書籍や雑誌作りの一部を担当して、原稿を書いて編集もした。
 でも、僕には編集の適性がなかった。他の人が書いた原稿は「それでいいんじゃないの」と思ってしまうし、写真、デザイン、紙質などにとことんまでこだわれない。夢中になれるのはインタビュー取材をして書いた自分の文章を推敲することだけだった。編プロを10カ月で辞めてフリーライターになったのは当然の結果だったのかもしれない。

上記の本のレシピ「豆あじのスパイスから揚げ」をさっそく作ってみました。お手本のようにはキレイに仕上がりませんでしたが味は上々!

「黒子役なので」と躊躇する編集兼ライターの佐々木さん。無理を言って登場してもらう

 食や旅、着物などを得意とする佐々木香織さんの肩書は「編集ライター」。編集とライティングの両方をできるしやりたい、という意向を持つ人なのだと思う。証拠の一つは、彼女が「企画・編集」を手がけた新刊『青魚で幸せになれる本』(池田書店)。編集と執筆の両方ができる人ならではの出来栄えだ。
 水産仲卸の島津修さんとフードスペシャリストの新田亜素美さんの共著であり、魚のさばき方とレシピを紹介しながらも楽しく読める内容とデザインになっている。実用書でありながら飲食好きの人が気軽に楽しめるエッセイや写真集のような雰囲気。この本で著者に話を聞いて執筆だけをするのはすり合わせに労力がかかり過ぎるだろう。だからこそ、フリーランサーの佐々木さんが「ひとり編集プロダクション」として出版社から指名されたのだろうと思っていた。
 実際には順番が逆だった。大衆魚を美味しく楽しく食べるための本を作りたいという熱い想いを持った佐々木さんが言い出しっぺなのだという。自ら立てた企画に適した著者2人に声をかけ、出版社を探したのだ。僕もいつか飲食関係の書籍に携わりたいので(特に魚食。もちろん執筆のみ)、こういう魅力的な本の提案から発行までの流れを聞いてみたい。「自分は黒子役なので」と登場を躊躇する佐々木さんに頼み込んでインタビューをさせてもらった。

『七緒』という着物雑誌でも長くライターを務めている佐々木さん。飲み交わしながらのインタビューは「ajidas」Tシャツで応じてくれました。

「文字と絵、写真で繰り広げられる世界」が大好き。仕事にできて幸せです

――まずは佐々木さん自身のことから聞かせてください。グルメ誌『dancyu』のサイトでは、「東北の血が流れる初老の編集ライター。墨田区在住」とありますが、出版業界に入ったのはいつ頃ですか?

 大学を卒業してから編プロに入ったので23歳のときですね。それから2つの出版社に合わせて8年いて、当時付き合っていた人と世界一周旅行に出かけるのでいったん会社を辞めました。帰国したときには一文無しになっていて、「お金がないなら仕事する?」と声をかけてもらってフリーランスに。出版業界に入って30年も経つんですね! わー、どうしよう……。
 私は基本的に何も考えていないんです(笑)。楽しいことと好きなことばかりをやっていて、苦手なことからは逃げるか周りに助けてもらうかの人生を送っています。

――とても人間らしい生き方だと思います(笑)。佐々木さんが好きな分野はやっぱり飲食でしょうか。

 私はフードジャーナリストではありません。食や旅は好きなので仕事させてもらうことが多くて、特に日本酒と焼酎は応援していますが、「この分野!」と特化はしていません。
 子どもの頃から、「文字と絵、写真で繰り広げられる世界」がとにかく好きで、誰も読まないのに自作の図鑑や壁新聞を作っていました。雑誌のキレイな写真をハサミで切ってノリで貼りつけたりして。今ではそれを仕事にできているので幸せです。紙媒体は減って来ているのでこの先どうしようと不安になることはありますが、あまり深くは考えていません(笑)。

佐々木さんへのインタビュー場所は小料理屋「緒川」(東京都江東区)にしました。お通しは奇遇にもイワシの煮つけ。佐々木さん、青魚に愛されていますね!

アジのおろし方だけで20ページ! 前代未聞の青魚料理本はどう生まれたのか

――『dancyu』の常連執筆陣である佐々木さんですが、ライティングと編集のどちらの仕事が多いのでしょうか。

 ライターとしては雑誌などに食、旅、着物に関する記事を書くことが多いです。読売新聞の夕刊には『ぶらり食記』というエッセイを月1ペースで書いています。食関係の書籍には今回の本のように編集と執筆の両方で入ることが多くて、年に3、4冊ペースで仕事をいただいています。執筆と編集の仕事量は半々ぐらいですね。

――『青魚で幸せになれる本』の仕事はどんな経緯で始まったのでしょうか。

 書籍の仕事のほとんどは出版社から依頼してもらっています。でも、この本は私がコロナ禍で「魚を自分でさばけたらいいなと思っている人は増えているのでは?」と思って企画して提案しました。
 魚のおろし方を教える本や動画はたくさんありますが、どれも割と通りいっぺんの内容だし、動画は流れていってしまいます。素早くさばけなくてもいいから、工程を一つずつクリアしていけるような本を作りたかったんです。そこにこだわったら、アジの3枚おろしだけで20ページも使ってしまいました。そんな本は普通ありえません。許してもらえる版元(出版社)を探して、運よく池田書店が出してくれました。

『青魚で幸せになれる本』の出版企画書。A4で10枚ぐらいあり、しかも何度も書き直したそうです。(佐々木さん提供)

企画書から小さなマークに至るまで。必要なのは作り手の「熱量」です

――出版企画書はどれぐらい書きますか? 書くときのポイントがあれば教えて下さい。

 A4の紙1枚ぐらいのときもありますが、今回のように出版のハードルが高い場合はガッツリ書きます。ところどころ太字にしたり下線を引いたりして熱量を伝えました。
 すでに企画が通っている本の編集・執筆を依頼されたときも、私自身が思い入れを持つことは必要です。そうでなければ関係者にも読者にも失礼ですから。でも、今回は私の企画なので最初から熱量全開(笑)。魚をおろして料理することを覚えられたら楽しいし悪いことは何もありませんよね!
 2022年の冬に新田さんに声をかけて快諾していただき、島津さんも巻き込ませてもらって企画が通って制作がスタートしたのが2023年1月。今年4月に発行したときにはコロナ禍が終わっていたという誤算はありましたが、いい本ができたと思っています。

――レシピは意外性があるけれど手軽で美味しそうだし、「あじの下ごしらえ」と「いわしの下ごしらえ」のページは抜群に丁寧でわかりやすいですね。

 ありがとうございます。大衆魚であるアジ、イワシ、サバを楽しく食べるために、当たり前ではないレシピを新田さんに考えてもらいました。どれも美味しくて、私自身も何度も作ったレシピが少なくありません。仕事のためだけではなく「ただ食べたいから」です(笑)。料理ページはカメラマンの有賀さんによる撮影もスムーズで、4日間ぐらいで終わりました。
 非常に大変だったのは、「あじの下ごしらえ」と「いわしの下ごしらえ」のページです。島津さんの意図をデザイナーの吉池さんとイラストレーターの加藤さんに伝えて紙面にするのは編集者である私の役割です。魚のおろし方をちゃんと伝えるには、イラストに配置する矢印の起点や向きにまで細かく目を配らねばなりません。
 吉池さんが釣り好きで魚に詳しくて、「これは違う!」と指摘してくれたり。そのたびに島津さんに確認して、イラストを描き直してもらいました。加藤さんはしんどかったはずです。でも、そのおかげでとてもわかりやすいページになりました。

イラストレーターの加藤さんへの指示(赤字と青字部分)の例。「私自身、赤入れ作業は大変でしたが、それを理解して描き直す加藤さんは毎日吐き気がしていたと思います」(佐々木さん提供)

キャッチコピーやアイコン、囲み記事などの細かな工夫。伝えたいという想いの証です

――文章の面でも工夫がある本ですよね。各料理写真の脇に「シチリア料理の夏の前菜。新鮮ないわしが多めに手に入ったら、作りおきがおすすめです」といったキャッチコピーが載っていたり、新田さんと島津さんのアイコン付きのアドバイスがたくさんあったり。出版社からの注文ではなく、佐々木さんのアイディアですよね?

 新田さんが知恵を絞ってくれた料理の楽しさをできるだけ伝えようと思ったからです。例えば、24ページ目の「あじのグリル ガリねぎソース」には、「あじの塩焼きをアップデート。ソースをかけるだけで主役に躍り出す」というキャッチをつけました。こういう小さな工夫を加えると、積もり積もって自分の首をしめる結果になったりしますけど(笑)。

――様々な苦労と工夫を重ねて、1年3か月後に出版できたのですね。

 企画が通ってから半年以内に出版するのが一般的です。この本は手間暇かけて贅沢な作り方をさせてもらったと思っています。春に発行したのは青魚が旬を迎える初夏から秋の前に出したいという理由もあります。少なくとも冬に出すべき本ではありません。
 発案から2年近くも青魚のことを考え続けたら、青魚へのリスペクトが大きくなりました。水族館に行っても、マグロなどの大きな魚ではなくイワシやアジをじっと見ています。生きている間はこんな色をしていて、けなげに泳いでいるんだな、と。
 おろし方を教えてくれた島津さんは、「一般の人が上手になる必要はない」と言っていました。上手におろすことよりも魚を美味しく大切に食べることを知ってほしいという想いが強い方です。私も共感しながらこの本を作りました。

アジの3枚おろしはこのように写真とイラスト、文章で1工程ずつ解説しています。魚の身の中で包丁をどのように骨に当てるのか。まさに知りたいところです!

「人を感動させる仕事」に共通する要素は、数値化できない熱のようなもの

 以上が佐々木さんへのインタビュー内容だ。この記事は冬に掲載するのでアジやイワシの「旬」は終わってしまっているが、魚の体の構造はほぼ同じなので問題ない。小魚でさばき方の基本を身に着けておくと、タイやブリなどの大きな魚はむしろ扱いやすかったりする。島津さん流の細かいコツも載っているので、魚をさばくことを趣味にしている僕でも発見がたくさんあった。魚料理の初心者にも中級者にもおすすめの本だ。
 個人的には、佐々木さんの「熱量」という言葉が印象的だった。企画から販促イベントに至るまで、『青魚で幸せになれる本』には佐々木さんの熱気と誠意が詰まっているのだ。それは生産効率とか採算といった概念とは遠い位置にあり、あらゆる「人を感動させる仕事」に共通する要素だと思う。
 子ども時代は誰も読まない壁新聞作りに励んでいた佐々木さんの真骨頂だが、仕事というものは必ず誰かが見ている。手間暇を惜しまずに良い仕事をすればいずれどこかで「次」につながる。数値化はできない熱のようなものが関係者や顧客に伝わった結果だと思う。だから、佐々木さんは愛する食や旅、着物の仕事が絶えないのだ。採算を考えて小さくなりがちな僕も、佐々木さんを見習って熱く働こうと思った。(了)

今年9月に開催された出版記念イベント「お魚バル」にて。島津さんとはすれ違いになってしまいましたが、新田さんとのツーショットを撮らせてもらいました。「ajidas」Tシャツは関係者のユニフォームなんですね!

僕の下手な料理の写真をもう一枚。「いわしのパリふわ焼き」です。本のようにパリッともふわっとも仕上がらなくても十分に美味しかったです。

最後に、この本を作る前後に佐々木さんが書いたメモの一部を公開。「テレビやネット、新聞、雑誌などで魚ネタを見つけるとメモ。面白い言葉やアイディアが浮かんだり、参考になりそうなビジュアルに触れるとその辺にあった紙に書き込んだりしました」。佐々木さんの情熱の断片たちです。(佐々木さん提供)

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