2023/02/02 07:39
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写真:アフリカ・コンゴの奥地の村にて。怪獣探しに出発する前に儀式に参加する若かりし頃の高野さん。(高野さん提供)

※この記事は多くの「書き手」が読むべき内容と判断して無料公開とします。お楽しみいただければ幸いです。

ジャケ買いならぬ「著者名買い」。その著者の一人に会いに行く

 内容を確かめずに著者名だけで本を買うことはほとんどない。その本の評判も気になるし、書店で手に取れる場合は表紙の帯や目次の文章も吟味したい。そして、やっとこさ1、2冊を選ぶ。僕は損をしたくないのだ。
 例外はある。新幹線に乗る前などで急いでいるときは「田辺聖子か池波正太郎の小説なら安全だ」といった判断で著者名だけで中身を見ずに買うこともある。そんな数少ない著者の一人が「辺境作家」である高野秀行さんだ。
 出会いは2007年刊の『怪獣記』(講談社)だったと記憶している。知り合いの編集者が絶賛していたので読み出したら、そのテーマ(トルコの湖で未知動物を探すという突飛なもの)ではなく取材手法と飄々とした文体に強く惹きつけられた。その後、高野本を書店で発見したらすぐ購入するようになってしまった。
 アフリカやアジアの各地を探し回っても未知動物なんているわけがない、と心も足も動かないのが普通の大人だと思う。しかし、高野さんは自分なりの科学的アプローチでその真偽を確かめることに情熱を燃やしている。関連資料をきちんと読み、現地の政府とも交渉し、できる限り現地語を習得してから体当たりの調査に臨むのだ。
 現地語は、英語やフランス語などの公用語だけではなく、家庭内で使っているような言語を習って使うことがミソ。そのために高野さんは上から目線の調査隊では決して味わえない(おそらく味わいたくもない)体験をしている。ときには友だちか親せきのように親しまれ、ときにはバカにされて騙されたりしている。高野さんが現地の人とフラットに会話している感じが読者としてはなんとも痛快なのだ。そして、未知動物は今のところ発見できていない。

我が家の高野本。探検としても最もすごいのは『アヘン王国潜入記』だと思いますが、個人的には自伝的小説『ワセダ三畳青春記』もお勧め。まさに笑って泣ける作品です。

手法は知的で繊細、テーマ設定は大間違い。その異常な面白さ

 手法は知的で緻密なのに「未知動物の探査」というテーマがそもそも間違っている気がするし、取材の過程で異常なほど脱線をしていく。その日々を高野さんは自分でツッコミを入れながらも淡々と丁寧に書いている。
 読んでも明日のビジネスに役立つ知見などはほとんどないけれど、無類に面白い。高野さんも含めて自由で活動的で「間違った」人たちがたくさん登場するので、愉快でリラックスした気持ちにもなれる。オレもこんな風に生きてもいいんだな、と。
 一方で、現在の高野さんは「原稿を書く暇がない」と嘆くほどの売れっ子作家だ。『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社、2013年)で講談社ノンフィクション賞を受賞したことをきっかけに書籍や連載の執筆だけでなく、ラジオやイベント出演やインタビューなどの依頼が殺到している。正直言って羨ましい。高野さんの取材や執筆の秘訣のようなものも聞きたいと思った。
 なお、僕は10年以上前、辺境の食べ物をテーマに高野さんのお話を伺ったことがある。高野さんもそれを覚えていてくれて、僕は出版業界では10歳年下の後輩でもある。今回も友だち的な話し方で接してくれた。臨場感を出すためにそのまま再現することをご了承いただきたい。

『アヘン王国潜入記』では、ゴールデントライアングルに長期滞在してアヘンの栽培を手伝っていたらアヘン中毒になって村人からバカにされたりする一部始終が描かれています。右が高野さん。何をしてるんですか……。(高野さん提供)

怪獣探査は口では語り尽くせない。物語として読んでもらう必要

――コンゴの奥地の湖に生息するかもしれない怪獣を探しに行くという探検について書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫。単行本は1989年にPHP研究所から発行)がデビュー作ですね。高野さんが所属していた早稲田大学の探検部時代です。以来、ずっとノンフィクション作家として活動されています。

 ムベンベの調査はちょっと話題になっていて、現地に行く前から出版社から体験記の執筆を依頼されていた。遠征隊のリーダーは僕だったので、代表して僕が書いたら意外と評判が良かった。「この仕事、おいしいじゃん。好きな辺境に行って、その体験を書いて食べていけるなら、こんなおいしいことはない!」と思ったね。それが間違いの始まりだった(笑)。

――『幻獣ムベンベを追え』は僕も何度も読み返していますが、その後の著作もスタンスというか文体はほとんど変わっていない気がします。ポップというか、仲のいい先輩から突拍子もなくて面白い体験談を笑いながらずっと聞いているような感覚に陥る文体です。

 変わっていないのは進歩がないんだよね(笑)。
 コンゴ遠征から帰って来たら、友だちなどから「ムベンベはいたの? いなかったんでしょ」なんて聞かれた。こっちはすごい苦労をして来たので「いるとかいないとか、そういう問題じゃない!」と思うけど、そんなことを言っても仕方ないので口を濁すしかない。不本意だったね。だから、(面白く読める)物語が必要だった。
 読ませる対象は、早稲田大学の探検部仲間だけじゃなく、中学校時代の友だちとか親戚のおじさんおばさんとか。その人たちに自分の体験を話すようなつもりで書いたらするすると書けたし、読んでもらうと「ああ、こういう経験をして来たんだね」とわかってくれた。書くと伝わるんだな、書くっていいな、と思った。だから、なりゆきで生まれた文体です。

――22、23歳のときの原稿ですよね。読みやすくて嫌味がない文章(※その秘密は本インタビューの後半に判明します)ですでに完成されていると感じます。出版社の担当編集者による直しが入ったのでしょうか。

 いや、まったく直されなかった。文章を書くためのトレーニングを何もしていないし、目指すべき師匠もいない。それは不安なことだし、長らくコンプレックスだった。
 実際、デビューしてから20年間はほとんど売れなかったからね。自分は間違っているんじゃないかと思っても、どこが間違っているのかもわからない。師匠がいないんだから。
(作家で写真家の)藤原新也に憧れて、カッコ良くてスタイリッシュな文章を書くことにトライしたこともある。でも、僕は真面目に書くと筆が全く進まないことがわかっただけだった。

ムベンベを目撃したという村人を取材中の高野さん。コンゴの公用語であるフランス語ではなく、共通語のリンガラ語を駆使しています。(高野さん提供)

読むのも書くのも本が好き。「閉じた宇宙」のような世界観に浸りたい

――現在は様々な原稿依頼が来ていると思います。「こういう仕事はやる、やらない」と決めていることはありますか。

 僕は本を書きたいので、そこに絞っている。それ以外の仕事を全くやらないわけじゃないけれど、9年ぐらい前から慢性的に忙しくて(本の)原稿を書く時間がないまま日々が過ぎて行ってしまうので……。例えば、5年ほど前にトルコの川下りをしたことがあるんだけど、時間がなくて全然書けていない(※現在は文藝春秋で刊行予定の『イラク水滸伝』を執筆中。書籍化に向けた連載はこちら)。
 本を書きたいのはビジネス的な意味ではなくて気質、性格によるもの。僕は読み物としても雑誌は好きじゃない。いろんな人が書いているから。そうじゃなくて、一人が書いた「閉じた宇宙」のような本の世界に浸りたいんだ。例外は若い頃に読んでいた『ムー』(月刊のオカルト情報誌)と『週刊プロレス』だけど、この2誌は統一した世界観があるから問題なかった。
 だから、単発の記事やエッセイはあまり書かないようにしている。そういうものを集めても本になる時代じゃないから。

――1日の平均的な過ごし方を教えてください。

 朝7時ぐらいには起きて、アラビア語などの語学をやってから、犬の散歩や家事をやる。僕は主夫でもあるから。あとはメールを書いたり、ネットを見たり本を読んでダラダラしている。昼間は原稿を書くような集中はできないからね。
 気づくと15時過ぎていることが多くて、「やらなくちゃ」と慌ててドトールに「出勤」する。席でパソコンを広げて3、4時間原稿を書ければいいほう。ラジオやイベント、インタビューがやたらに多いので、原稿がちっとも進まない。

――今日も15時からの貴重な時間を取ってしまいましたね。

(真顔で)うん。

星乃珈琲店 高井戸店にて。インタビュー取材の後、僕の「鮮魚部」活動などを聞かせて高野さんに笑ってもらい、さらに時間が過ぎていきました。

この仕事が好き。未知のことを解き明かすことが自分の欲望だから

――ええっと、夜はどう過ごしていますか。

 飲み会がある場合もあるし、プールで泳いでから家でメシを作ることもある。必ず酒を飲むのでその後に仕事はできない。ワイン、ビール、日本酒、焼酎など食事に合う酒なら何でも飲むよ。早めに切り上げようと思っても、向こう(奥さんで作家の片野ゆかさん)がまだ飲んでいたりするのでなかなか終わらない(笑)。

――休日はありますか? 

 特にないね。原稿を書かなくても、何か調べ物をしていたり、関係資料を読んでいたり、アポ入れをしていたりするから。毎日休んでいるとも言えるけど(笑)。

――仕事は好きですか?

 うん、基本的に(作家仕事の)すべてが好きだね。わからないことをわかるようになる、未知のことを解き明かすことは僕の欲望だから。もちろん、それに伴う面倒臭いことはたくさんあるけれど、それは仕方ない。

――我が家もそうですが、高野さんも夫婦二人暮らしの共働きですよね。家計はどうしていますか。

 うちは完全割り勘制。毎月の終わりにそれぞれが持っている食費などのレシートを出して、足して二で割る。少なく出していたほうが多く出したほうにお金を渡して終わり。
 この制度にはいいことが2つあって、1つは相手の稼ぎがまったく気にならないこと。割り勘だからね。もう1つは出費を毎月確認できること。「最近支出が多いのはクラフトビールを飲み過ぎだからだ」とわかったりする。すごくお勧めの制度なのに実行している夫婦は聞いたことがない。

早稲田大学文学部フランス語学科卒の高野さん。コンゴ人作家のドンガラさんの作品(フランス語)を日本語に訳し、それを卒論として提出したそうです。(撮影:鈴木邦弘。高野さん提供)

海外取材中は「他人が読める日記」を毎朝作成。それが原稿のプロトタイプになる

――最後に、ちょっと技術的な質問をさせてください。高野さんは長期の海外取材が多くて、その内容を帰国後に書籍として発表されています。さきほどおっしゃっていたように数年前の取材内容を書くこともあると思うのですが、どうやって記録を残して、それを原稿にしているのでしょうか。

 現地では日記とメモを書き、写真も撮る。ときどきスマホで動画を取ることはあるけれど、テレコ(ICレコーダーでの録音)は回さない。1日中取材しているようなものだから、テレコを回す意味がない。
 日記が特に重要で、毎朝の1、2時間を使って前日に起きたことをなるべく本番(書籍の原稿)に近い形で書いていく。すごく疲れる作業だけどね。原稿のプロトタイプ(原型)をその場で作っておくんだ。

――ものすごく役立つ技術を教えてもらっている気がします! もっと詳しく教えてください。

 日記という原稿のプロトタイプを作る習慣は、やっぱり『ムベンベ』を書いたときの偶然の産物なんだ。出版社から事前に書籍原稿を頼まれていたので、ジャングルの中でも熱心に日記をつけていた。でも、遠征隊は僕の他に10人もいて、ジャングルではプライバシーなんてない。みんながその日記を勝手に見ていた。
 僕が日記で「こいつバカみたいだ」とか「あいつは全然働かない」とか書いたら、「ひでえこと書いているぞ」と怒っちゃったメンバーがいた。これはマズいと思って、すべて本音を書くのではなく、読まれても問題のない日記をつける必要に迫られた。

――他人に読まれても問題のない日記、すなわち完成原稿ですね!

 そう。もちろん、ムカつくことはたくさん起きる。でも、それを「ムカつく奴だ」ではなく「面白い奴」だと笑いに転換したり、「あいつから見たらオレもワガママに見えるかも」と客観視したりはできるでしょ。一番無難なのは、自分の失敗や弱さを笑うこと。
 この作業には精神衛生上もとてもいい。海外で取材していると、ショッキングなことやガッカリすることがたくさん起きるけれど、「読まれてもいい日記」を書いて自分で読むと、ザワザワした気持ちが昇華されて心穏やかになれるんだ。

――なるほど…。メモはどうですか。

 取材中はメモ魔だよ。地名や人名などの固有名詞、子どもの人数などの数字などは特に気をつけて書く。「記録しないものは基本的にすべて忘れてしまう」ぐらいに思っているから。
 でも、日記は翌朝、メモや写真を見ながら書くようにしている。当日のうちは感情が生々し過ぎて引っ張られてしまいがちだから。一晩置くと、「タクシーでボラれてムカつく」といった程度のよくあることは忘れて、冷静に書ける。

こちらが高野さんの取材日記の一部。「パソコンで書くことも試してみたけれど、手書きのほうがいい」とわかったとのこと。読み返したとき、現地での感覚がリアルに思い起こせるからなのかもしれません。(高野さん提供)

材料は鮮度がいいうちに下ごしらえをしておく。それは頭の整理にもなる

――僕は今日のようなインタビュー記事が多いので、メモを取りながらテレコを回します。後から録音を聞き直しながらメモに肉づけをして構成を考え、原稿を書くのが通常の流れです。でも、たまに紀行文やルポルタージュのような文章を書くときは通用しません。数日間にわたる取材メモだけがたくさんあっても、どうやって面白く読める文章にしていけばいいのか途方に暮れることがあります。

 材料だけバーッと書いてあっても、後からどう使えばいいのかわからなくなるよね。だから、日記は箇条書きではなく読める文章にする。文章にするには「視点」や「くくり」が必要。例えば、「今日は面白い人にたくさんあった1日だった」とくくり、その視点で1日の出来事を書いていく。
 この「読める日記」をそのまま書籍の原稿に使えるわけではないけれど、現地でこの作業をしておくと頭の中が整理されるので、日記やメモを後から使いやすくなる。料理に例えるなら、材料の鮮度がいいうちに下ごしらえをして冷凍しておく、という感じかな。

――すごくわかりやすい例えです。自分の中で分業するのですね。現地で材料の買い出しだけでなく仕込みをしておけば、後からの調理が楽になるし美味しくもなる……。さっそく実践してみます!

 海外取材の場合は、「読める日記」を書いていると取材が足りてない要素がわかる、というメリットもあるよ。例えば、「この町はイスラム色が強い」と日記に書いたとする。でも、具体的になぜそういう印象を受けたのか言語化できないことが多い。その言語化できない部分を現地にいるうちに取材し直せる。
 読める日記を書くことはいいことだらけだと思うし、今までもこういうインタビューで話したことがある。でも、ちゃんと取り上げてもらった記憶はない。どうしてだろう。いいやり方だと思うんだけどね。

アマゾン川沿いの町にて。右が高野さん。この町で本当の「語学の天才」である後輩(日本人)と奇跡的な再会をしたそうです。(撮影:鈴木邦弘。高野さん提供)

天才ではなく段取り上手。人気料理店の主人みたいな人

 以上が高野さんへのインタビュー内容だ。様々な言語を習得してきた高野さんは記憶力が抜群なのではない。段取りというか準備をしっかりしているのだ。著書『語学の天才まで一億光年』や『間違う力』の中でも、楽をするための努力や工夫は惜しまない、といったくだりがあったのを思い出す。実際、ただでさえ疲れている海外取材中の朝に原稿を書くのは苦しい作業だと思う。だから、誰も真似できないのかもしれない。
 高野さんの日常を聞くと、「天才」や「超人的な体力」といった賛辞は似合わないと感じた。むしろ「昼間にダラダラしている時間があったら早く原稿を書けばいいのに」と思ったり、「お酒の飲みすぎですよ。休肝日を設けたら?」と上から目線のアドバイスを口にしてしまったり。きっと高野さんは海外で見知らぬ人に会ったときも、こんな風になめられつつも相手の本音を引き出しているのだろう。
 ただし、話を聞きっぱなしにはしない。取材の前後でできるだけの「仕込み」をしておく。つまり、「他人が読める日記」という名の原稿のプロトタイプを現地で作成する。後日、パソコンに向かってそれら仕込み済み素材を使ってじっくりと物語を紡いでいくのだ。高野さんは個人で営む人気料理店の主人みたいな人だと思った。(了)

最後に、サインを自慢させてください。高野さんが応援するミャンマーの少数民族の方が経営する飲食店「ゴールデンバガン」(東京・新宿)でも高野本が売っています。日本人の舌に合わせない料理が美味しい店なのでお勧めです!

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