2021/01/11 13:00

日産R35GT-Rの過酷で苛め抜いた開発は、世界最高のマルチパフォーマンス性能を造るだけでなく、ポルシェを遥かに凌ぐ中古車価値(劣化の防止)まで視野に入れていた。

レーシングドライバーとして日本もさることながら世界に結果を残し、世界に誇れる開発ドライバーとしてR35GT-Rの超高性能を育て、現在は株式会社ノルドリンクの代表取締役として活動し、多くのスーパーカーファンが憧れる鈴木利男さんとの裏話対談。

今回は「GT-Rの開発を断った私が、なぜ全ての責任者を受けたのか」そして最少の「人、モノ、金、メーカー協力、時間」の中で、どのようして世界最高で唯一のマルチパフォーマンススーパーカーを造りだしたか等についてニュルブルクリンクでの開発を主体に話をします。


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2003年12月、生産車開発から先行技術開発に異動してまで日産GT-Rの開発責任者を断り、市場調査の一環としてBMW 7でドイツニュルブルクリンクサーキット入場門近くをテストドライブしていた私に…突然、日本の開発役員から国際電話「日本に帰ったら 日産GT-Rの責任者を担当して下さい。理由は私も解りません」、私は逆上しました! 日産GT-Rの開発責任者は断ったはずでしたから…。

これが私の日産GT-R開発のスタートでした。    そして ゴーンCEOからの思いがけない直接の任命。開発副社長始め関係者は何も知らされず頭越しの業務命令でした。

遣ると決めたからには「今どこにもない、本当に世界最高のマルチパーフォーマンススーパーカーを創りだす」、温めていた世界制覇の構想を実行する時が来たのです。

この為に必須な事は「ドイツ、ニュルブルクリンクサーキットでの現地開発、そして超高性能開発ドライバーとして鈴木利男のチームメンバー入り」

しかし ドイツ、ニュルブルクリンクサーキットでの現地開発や、開発ドライバー鈴木利男の起用には、凄ましい社内の反対と抵抗。「なんで…、日産にはトップガンドライバーがいるのに実験部の外から連れてくる必要が有るのか! ちゃんとしたテストコースもあるのに何故危険なドイツに行かなければいけないのか! テストコースでの仕事をバカにしているのか!」

これが日産GT-R開発のスタートの頃の光景です。ゴーンCEOの「全て、ミスター水野のプランで遣ってください」という決定と私の構想に賛同してくれた、3人のコアメンバー以外は全て反対と抵抗…これらの壁を何とか乗り越え、「スカイラインクーペの外観+新しいプラットフォーム(PM)を乗せた先行試作車」を作りドイツに旅立ちました。
が、しかし マルチパフォーマンススーパーカーへの道のりは途轍も無く厳しいものでした…

ここから先は、今までマスコミなどに出したことの無い真実の裏話を画像でご覧下さい。

皆さんも新しい事への挑戦やこれからの変革への参考にして下さい。きっと役立つと思います。


鈴木利男さんとの話は、内容が豊富で真実を編集なしのノーカット版でお届けしたい為今後も下記プログラムでの配信を予定しています。ご期待ください。
・日産R35GT-Rのニュルブルクリンクサーキットでのタイム計測を続けた訳。
・台湾自動車開発メーカーHAITECとの開発とその文化の違いに戸惑う日々の話し。
等を幾つかに分けてお話します。

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