2021/05/18 20:18




こんにちは!



戸塚菜雪です♪





私がバレエダンサーになるまでを

幼少期、学生時代と書いてきました。



今回はその3回目です!




(まだの方は先に

バレエダンサーになるまで~幼少期編~

バレエダンサーになるまで~学生時代編~

を先にお読み頂けると嬉しいです!)




前回は高校3年生、進路で迷っているところで終わりました。












色んな大学のオープンキャンパスに行って、



その中で1番良かったところに進学しようかな〜



と思っていた時でした。







なんと、何気なく受けたオーストラリアのバレエ学校のオーディションに合格してしまったのです!




それは日本で開催されたオーディションで、その時私は留学を考えていなかったので、合格するとも思っていませんでした。





ここでも現実主義が出てしまい悩みましたが…両親と相談して留学することにしました!




現実的なくせにこういう時は行動力のある私です(笑)












1月始まりだったので、高校の卒業式を欠席してオーストラリアに発ちました。






英語はほぼ話せない状態で行って、

学校は現地の子がほとんど、留学生もいましたが日本人以外は英語圏の出身の子でした。




バレエ学校なので英語のクラスはなく、いきなり英語のバレエクラスからスタートでした。




私のクラスは日本人がとても少なく、

最初は毎日不安だらけで、暗闇で一人ぼっちで歩いているような気分でしたが、


出来るだけ日本人ではなく現地の子といるようにしたり、分からない単語は現地の子に英語で教えてもらったりして、


日本語が通じない、英語を話さなければいけない状況を自分で作るようにすることで、徐々に英語を習得していきました。












留学中の生活は、


朝から夕方まで休憩を挟みながら1日約5時間の授業を週に6回


放課後はピラティスのクラスを受けに行ったり、基礎に戻るために夕方の小さい子達のクラスに混ぜてもらったりもしていました。





年に2回の実技テストと、年に1回の舞台がありました。








それまで学校とバレエを両立する生活だったので、バレエだけに集中できることが本当に幸せでした。








同時に踊る量が急激に増えたことにより繰り返す怪我に悩まされた苦しい時期でもありました。









2年間でバレエと英語はもちろん、家族と離れ異国で暮らすこと、共同生活、一人暮らしを経験し、学ぶことがたくさんありました。








誰でも出来る訳ではないこの経験をさせてもらえたこと、本当に感謝しています。





私にとって一番と言っていいほど充実していて成長できた2年間でした!










卒業後、日本に帰った私はすぐにみなとシティバレエ団に出会った訳ではありませんでした。




次回はどのようにして今の状況に至ったのかを書いていきたいと思います!





最後まで読んで下さってありがとうございました☆










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