2020/02/10 11:41

気象庁のデータベース(http://www.data.jma.go.jp/gmd/risk/obsdl/index.php)のデータを使用し、2019年8月19日~9月26日(39日間)までの期間の分析を行いました。

第1図
X軸:日数、Y軸:体調

第1図は分析期間の全国の体調の平均値の変動です。短期的な上下はありますが、全体として低下傾向にあることが読み取れます。これは、1ヶ月以上の中長期に及ぶ何らかの作用があることに示唆的です。また、図中の16日目~24日目までは台風13号と15号が通過した期間です。

第2図

第2図は第1図に対して、同期間の全国平均気温を重ねたものです。分析を簡単にするため、台風が通過した期間を無視して見ると、体調の変動と同じく期間中は低下傾向にあることが読み取れます。また、1日目から4日目あたりではグラフの上下の変動がよく一致しています。その後台風が通過した期間になるとその傾向は無くなりますが、25日から再びよく一致するようになります。特に31日目の急激な気温の低下で顕著です。分析期間全体で見たとき、気温は体調と相関性を持っていることを示唆していると言って良いでしょう。

第3図

第3図は第2図と同様に、図第1図に対して全国平均の日照時間を重ねたものです。台風が通過した期間では絶対値こそ追従していませんが、上下の変動は追従を保っています。その後もその関係は維持されていますが、31日目で関係が逆転します。この日は図2によるとちょうど気温が急激に低下した日であり、日照時間と気温は独立した影響を与えていることを示唆しています。その後38日目、39日目も気温に対して追従するようになります。期間全体として見たとき、日照時間はとても強い相関性を持っていると言って良いでしょう。

第4図

第4図は第2図と同様に、第1図に対して全国平均の降水量を重ねたものです。期間全体を通して概ね負の相関を持っていることが読み取れます。特に13日目~15日目付近では顕著で、この期間は気温、日照時間とも変動が一致していませんでした。降水量と体調の負の相関は、降水時には雨雲が必ずかかり日照時間が減ることによる二次的な相関性であると考えることも出来ます。しかし、13日目~15日目付近の特質はそれ以外の独立した影響を示唆していると言えます。

第5図

第5図は第2図と同様に、第1図に対して全国平均の気圧を重ねたものです。台風が通過した期間は気圧の低下に体調が追従する形になっていることが読み取れます。しかし、それ以外の期間では有意な相関は認められません。特に、台風の通過時に気圧が低下したことで体調も悪化しているのに、その後31日目~35日目付近では全く逆になっていることは矛盾しています。もし「気圧の変化」が原因だと仮定しても、35日目以降の急な気圧の上昇で体調は回復しているため有意な相関ではありません。概ね漸近線を描いているようにも見えますが、日照時間の長い日、すなわち晴れの日は高気圧に覆われている可能性が高いため平均的な気圧も上昇します。その上で日照時間は1日単位で体調の変化を追従するグラフを描きますが、気圧はそれに対して感度が有意に低いと言えます。従って、日照時間と気圧を比較したときに体調と相関性を持つのは日照時間であると言え、第5図からは気圧と体調に有意な相関性は読み取れません。

・結果と考察

結果を簡潔にまとめると、

①気温と日照時間に正の相関性がある
②降水量に負の相関性がある
③気圧に有意な相関性は認められない

となります。気圧に有意な相関性が認められないのはこれまでの通説とは異なります。ではなぜ、これまでそう思われていたのでしょうか。可能性として以下のようなシナリオが考えられます。まず一般的に低気圧が通過する際には雲がかかりやすく、日照時間が減ります。また、太陽の光が届かなくなることで体感温度も低下します(気温は百葉箱環境で測定されるため体感温度は数値以上に低下します)。さらに前線等の影響で降水量が増加しやすくなります。低気圧の接近や通過時にはこれらの条件が重なりやすいため、実際には日照時間や気温が影響していたものが気圧配置などでよく目にする「低気圧のせい」となり、「気圧が低下すると体調が悪くなる」と認識された結果だと考えることができます。本来、低気圧が通過しても日照時間や気温などの条件が揃わなければ体調が極端に悪化することがなくても、それまでの経験や通説から確証バイアスが働いていたというシナリオです。

とは言え気圧が低下することによる体調への影響自体も皆無ではないでしょう。健常者でも極端な低気圧(かつての宇宙飛行士が着用していた宇宙服内部のような0.3気圧など)に晒されると健康を維持することは出来ません。しかし、脳脊髄液減少症患者が有意にそれより大きい影響を受けているかと言えば、それは大いに疑問が残ります。

ただ、現実として低気圧の通過時にそのような条件が揃いやすいのもまた事実です。従ってこれまでのように「目安」として低気圧の存在を利用することは可能です。しかし、低気圧に対して過剰反応したり神経質になるのはナンセンスだと言えます。

・台風通過時
先述の分析では台風通過時の変化は無視して考えましたが、なぜその期間だけ対応が弱まったのかを考えます。最も可能性として考えられることは、台風が通過するとされる期間は外出頻度が低下するのではないかということです。強風や豪雨等の危険が予想されるため、日常の買い物等は事前に済ませてあったり、予め外出の予定は入れないようにしている等が予想できます。すると、第3図のように日照がある程度あっても屋内に留まっている可能性が高くなり、結果実質的な日照時間が減少することで体調の悪化を招いたと推測することができます。また同様の理由により、冷房によって空調管理された屋内では相対的に気温が低下するため、体調の悪化を招きやすい条件となるでしょう。台風通過時のみ体調と気圧に対応があるように見えたのは、それ以外のパラメーターの対応が弱まると同時に、台風はそれ自体が低気圧であるため気圧が低下することが自明だからでしょう。

・日照時間の影響

気温、日照時間、降水量はいずれも相関性が認められますが、中でも最も強い相関性が認められるのは日照時間です。ではなぜ日照時間が影響するのでしょうか。まず「日照時間が長くなる」と言うことは、「太陽光への曝露時間が確率的に上昇する」と言い換えられます。人体が太陽光、特に300nm付近の紫外線へ晒されたときに起こる代表的な反応は、ビタミンDの合成です。ビタミンDは体内で様々な働きをすることが近年分かってきていますが、もし何らかの形で脳脊髄液の生産に関与していたと仮定すれば説明ができます。「太陽光(紫外線)への曝露時間の増減がビタミンDの合成量に影響し、脳脊髄液の生産量が変動する」と言う仮説を「ビタミンD仮説」と呼称することにします。

・ビタミンD仮説

ビタミンD仮説について、現状では確定的な情報はありません。あくまでも仮説です。ただ、可能性として考えられるシナリオを与える文献があるので、少し飛躍しますが紹介します。

まず気になったのは文献(2)です。文献(2)によると、脳脊髄液にはトランスフェリンと言う輸送たんぱく質が含まれていて、それをマーカーにして髄液生産量を推測できます。脳脊髄液が減るとそれを補償するために生産量が増加するため、比例してトランスフェリン等の物質が脳脊髄液内に増加するために脳脊髄液の漏れを検出できると言う仕組みです。

ビタミンDには、簡単に言えばこのような輸送たんぱく質の生産を制御する役割があります。また、通常のトランスフェリンは主に肝臓で生産される鉄の輸送たんぱく質ですが、文献(2)によると脳脊髄液内のトランスフェリンは脳で生産された脳型であるとのことです。つまり、もしビタミンDが脳において脳型トランスフェリンの生産を制御していたとすれば、日照時間に比例したビタミンDの合成量が脳脊髄液の生産量を増減させ、体調を左右していたというシナリオが考えられます。

ただしこのシナリオの問題点は、「脳型トランスフェリンが生産された結果、脳脊髄液が生産されている」という前提に基づくことです。また、その生産のトリガーがビタミンDであるという有効なエビデンスはありません。ビタミンD受容体は脳にも存在しますが、実際に脳において輸送たんぱく質の生産に関与するのかは不明です。しかし、結果として日照時間との相関性が認められたと言うことは、このような可能性も調べてみる価値はありそうです。

・体調を保つには

さて、これらの情報から「体調の悪化を最小限にするヒント」が導けます。現状一般的には気圧が重要であるとされていますが、気圧は加減圧室でもない限りは制御できません。しかし、気温や日照時間はその限りではありません。特に気温は空調管理をより積極的に行うことで、低温に晒されにくい環境を整えることが可能です。日照時間についても晴天の日はなるべく屋外に(ベランダや窓際でも可)出るようにすることで、体調が良好な時間を延ばすことができます。ただし、これは悪化を最小限にするだけで治療法ではありません。症状をより改善させるためにはまた別のアプローチが必要です。


※本記事は2019年10月の活動レポートの内容に準拠しています

参考文献

(1)気象庁:過去の気象データ.http://www.data.jma.go.jp/gmd/risk/obsdl/index.php
(2)福島県立医科大学等,2018:Spontaneous intracranial hypotension is diagnosed by a combination of lipocalin-type prostaglandin D synthase and brain-type transferrin in cerebrospinal fluid.https://www.amed.go.jp/news/release_20180416.html

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