2019/08/17 14:40
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下関駅前のさびれている地域にある美味しいレストランにて。40代メガネ男2人でしっぽり飲みました

愛知県蒲郡市の自宅から片道4時間の旅路

 山口県下関市の下関駅前に来ている。歴史的にも有名な関門海峡に臨む港町で、風向きによっては潮の匂いが町中を漂う。
 本州の西端である下関市と対岸の北九州市はお互いを慕い合うかのように半島が伸びており、地図で見る関門海峡は海というよりも運河のようだ。両市は深く結びついていて、海峡を車や電車で渡って行き来するのは日常生活の一部となっているらしい。
 愛知県に住む僕が下関駅に行こうと計画した場合、名古屋駅から新幹線「のぞみ」で北九州市の小倉駅まで行き、在来線のJR山陽本線で下関駅まで「戻る」のが時間的に最短だった。小倉―下関間はわずか2駅で、同じ電車には通勤や通学と思われる客が多かった。
 片道4時間かけて下関に来たのは観光目的ではない。読者の江頭昌志さん(42歳)に会うためだ。
 江頭さんは僕が独身時代にネット連載していた「ロスジェネ世代の叫び ボク様未婚男」からの読者だ。その後、無料メルマガ「冬洋漬」に登録し、読者交流会である「スナック大宮」にも福岡、愛知、宮城で参加してくれた。
 僕の熱烈なファンなのかもしれないし、単なる旅行好きなのかもしれない。江頭さんはニコニコ笑いながら後ろ向きなことを言ったりする。つかみどころのない人柄なので、真意はよくわからない。とにかく彼の地元に行き、飲み食いしながら語り合ってみよう。

新幹線を小倉駅で降り、在来線に乗り換えます。このレトロな電車で関門トンネルをくぐるのは少しだけドキドキしました

魅惑の歓楽街を通り抜け、良き喫茶店へ

 下関駅に着いたのは平日の夕方。薬剤師の江頭さんは山口県宇部市にある薬局での勤務があり、下関に戻って来られるのは20時頃だという。その代わり、下関市内のおすすめ店をいくつか教えてもらった。僕は車の運転ができないので、歩いて行ける喫茶店でのんびりしようと思った。
 まずはネット予約をしておいたビジネスホテルにチェックインして、着替えなどの荷物を置いて身軽になろう。駅前で1泊5180円という価格設定は我が蒲郡駅前とあまり変わらない。設備はかなり老朽化しているが、どうせ夜遅くまで飲んで寝るだけだからと我慢した。
 幸運だったのはホテルが下関の歓楽街である豊前田(ぶぜんだ)町に隣接していたこと。少し歩くと、開店前のバーやスナック、キャバクラをたくさん発見することができた。「スナック大宮」の主催者としては、下関のスナックを見学しなければなるまい。江頭さんが付き合ってくれるかどうかはわからないけれど、夜が更けて来たら適当な店に訪れてみよう。
 江頭さんおすすめの喫茶店は雑居ビルの1階にある「喫茶 むぎまめ舎」。レトロで上質な雰囲気で満ちている。特に食パンとドーナッツが人気らしく、食パンは予約の取り置きが並んでいて、ドーナッツは昼までに売り切れたようだ。僕はいちじくケーキとコーヒーを注文。カップル席に一人で座らせてもらい、優雅な時間を過ごすことができた。
 このビルの2階にある雑貨店「チポーラ」ものぞかせてもらった。オシャレだ。3階には「シネマクロール」という小さな映画館があり、月替わりで良質な映画を放映しているらしい。このビルは、江頭さんも含め、近隣の文化系住民が集まる場所なのだろう。

下関駅前のあまり魅力的ではない風景。ターミナル駅の前はどこでもこんな感じですけどね……

江頭さんおすすめの「喫茶 むぎまめ舎」にて。いちじくケーキとコーヒーで600円。安くて美味しくて居心地良し!
本業は薬剤師? それともお菓子職人?

 豊前田町もむぎまめ舎も駅の東口にある。その他の大型商業施設、図書館、大きな港も東側。さらに東に行くと、水族館や市役所もある。一方の西口は閑散としていて、あえて言えばワシントンプラザホテルがあるぐらいだ。江頭さんが会食場所に指定した「com」というカフェレストランはその西口にある。
 ちょっと緊張しながら入ってみたら、会社員らしい人たちが奥の席で宴会をしていた。ご近所に愛されている店のようで、少しホッとする。ベトナム料理が中心のメニューを眺めていると仕事帰りの江頭さんが登場。こんばんは。ユニークなお店を予約していただき、ありがとうございます。
「このお店の人たちとはちょっとした知り合いなんです。今度、小倉で開かれる『ハノイナイト』というイベントでも一緒に出店しようと誘ってもらっています」
 パンクロックバンドの元メンバーでもある女性店主がやっているこのお店。ベトナム・ハノイで開催された「史上最悪の音楽フェス」に感化されてベトナムにハマり、店の料理も急速にベトナム化しているらしい。そんな適当さなのに料理はどれも美味しかった。考え方はパンクな店主さん。料理の腕はいいのだ。
 ちなみに江頭さんは薬剤師で生計を立てながら、不定期で創作菓子を作って発表している。僕も「お土産」で抹茶のパウンドケーキをもらった。自宅に帰ってから妻と一緒に賞味したところ、しっとり濃厚なのに甘ったるくない。絶妙なバランスだ。聞けば、江頭さんはかつて仲間と一緒に新宿伊勢丹にお菓子を出品した過去もある。
 江頭さんの中では薬剤師は仮の姿で、お菓子作りのほうが「本職」なのかもしれない。現在、小倉にある「エンゲル」というお店で自作のお菓子を月1ペースで並べている。彼が店頭にいる時ならば「特別サービス」があるらしいので、近くの方はぜひ行ってみてほしい。

下関駅の西側にある「com」(手前)。隣の「串酒場みやこ」以外の周辺ほぼ真っ暗。江頭さんが好きそうな立地です

パンクな店主に食べ方を教わる江頭さん。年上の女性から可愛がられる星のもとに生まれたような人物です

京都で18年。ある女性とのシェア暮らし

 江頭さんは地元の小学校を卒業した後、佐賀県にある中高一貫校を経て、京都大学に入学した。大学院も出た後、大学の研究助手や薬局で勤務していたという。
 京都での生活に見切りをつけ、下関に戻ったのが6年前。現在は同じく独身で薬剤師であるお姉さんのマンションで家賃を払って二人暮らしをしているらしい。18年間も住んだ京都を離れたのはいくつかの事情が重なったのが理由らしい。
「大学の研究助手が任期切れになるタイミングで、住居をシェアしていた3歳上の女性が結婚して鎌倉に行くことになりました。ちなみにその家は大家さんのお嫁さんがパン屋にするので出ていかなければなりません。仕事も家もなくなるので、京都にいてもいなくてもどっちでもいいと思いました」
 3歳上の女性と2人きりのシェアハウス? それは同棲というのではないだろうか。
「いえ。その女性は代々、同居人を男性にしていました。僕は3代目です。彼女はうちの姉と性格が似ているので恋愛対象にはなりませんでした。大学では『助手がそんな暮らし方では学生に悪影響を与えかねない』なんていう頭の固い先生もいましたけどね」
 江頭さんたちの家があったのは、芸術系も含めた学生が多く住む京都市左京区。江頭さんによれば、良く言えば自由で、悪く言えばモラトリアムな雰囲気が濃厚らしい。楽しそうだな……。
「東京の中央線文化と似ているかもしれません。そのダラッとした空気に多少の疲れを覚えました。そろそろ両親のそばにいてあげたほうがいいなとも思ったし、何よりも実家の猫たちが可愛いという理由もありました」

婚活をがんばるつもりはまったくありません

 ただし、江頭さんは地元が大好きなわけではまったくない。友人知人のほとんどは今でも京都に住んでいる。一人だけ、左京区時代の友人が江頭さんと同じように地元である北九州市に戻った。彼とときどき会っては、「一度、左京区のダラッとした文化に馴染むと、他では暮らしにくいよね」と愚痴をこぼし合っているらしい。
「下関のお店関係で、町ぐるみでつるんでいる人たちがいます。補助金目当てだったりもします。ベタベタと付き合っていたはずなのに、すぐに仲違いをして悪口を言い合ったり……。僕はああいうのが全部苦手です。関わりたくありません」
 これは下関だけではなく日本の地域すべてに見られる現象だと思う。行政の予算を前提として仲間っぽい人たちが集まり、町おこし的な建物を作ったりするが、覚悟も計画性もないためにすぐに廃れてしまうのだ。誰もリスクを負っていないため、真の仲間にはなりにくい。
 話がズレてしまった。江頭さんは毎日、どんな生活をしているのだろうか。
「住んでいる場所は、新下関駅の近くです。そこから毎日、電車で宇部市に通勤しています。朝は姉の起床時間に合わせて起きます。朝食を一緒に済ませたほうが効率的なので。18時までが勤務時間です」
 江頭さんはこの薬局には派遣という形で働いている。今年中に派遣契約を更新する予定だったが、「更新しません」と明言しているらしい。どの薬局にも近隣の病院などとの関係で事務処理のローカルルールがあるが、その薬局ではルールをまったく伝えないまま、江頭さんに仕事を丸投げ。それが何度も続き、彼は怒り心頭に達した。
 飄々としているように見える江頭さんだが「やるべき仕事はきちんとやる」というプライドがあるのだ。契約期間は責任を果たすが、その先は彼の知ったことではない。薬剤師という国家資格があるからこそ通用する働き方とも言える。
「下関に戻って4年間は正社員として働き、2年間は派遣の身でフラフラしました。来年はまた正社員に戻ろうかと思っています。結婚? 拒否をするほど強い気持ちはありませんが、婚活をがんばったりするつもりはまったくありません」

下関市案内図より。左下の赤い現在地が下関駅前です。遠く離れた県庁所在地よりも北九州市とのつながりが強いことが一目瞭然です

ハシゴ3軒目。こだわりの会員制?Barへ

 芯が通っているのかいないのかわからない話を聞いた後、comを出た。お会計は江頭さん持ち。申し訳ない。終電まで2軒目でご馳走しますと誘うと「行きますよ。タクシーで帰るのでご心配なく」とのカッコいい返事。夕方に豊前田町の路地で見つけた「スナック松島」という店に入った。
 スナック松島は昭和の臭い(香りではなく)が充満した店だった。両親が宮城県出身(だから店名が松島)だという熟女ママと、常連さんたちが迎え入れてくれた。話題は下関の魚。全国的に知られるフグだけでなく、アジやイカ、アンコウなども絶品らしい。三河湾沿いに住んでいる僕も負けるわけにはいかない。あれこれと魚談義をして楽しく飲めた。お会計は2人で4千円。安すぎる。
 店を出たら、そろそろ日付が変わろうとしていた。酒に弱い僕はもうフラフラだけど、もう少し若いお姉さんがいるお店でカラオケをしても構わない。そんなことを考えながら歩いていると、江頭さんが口を開いた。
「バーですけど、たぶん開いている店があります。1杯だけ付き合って下さい」
 ついていくと、華やかな通りから少し離れたところに灯りがある。ドアは施錠されており、ブザーを鳴らすと常連客だけ入れてくれる方式らしい。中に入ると、背筋が伸びるような清潔で重厚なオーセンティックバー。江頭さん、地元に馴染んでいないと言いながら、大人の店をよく知っているではないか。
 店名は「Bar CD」。いい意味でこだわりが強くて世渡り下手そうなマスターと江頭さんは、お菓子の原材料などに関してマニアックな会話をしている。下関の街から浮いてしまう似た者同士で親友になれるのではないか。
 それを指摘すると、2人が口を揃えて否定する姿も目に浮かぶ。酒に強い江頭さんはウイスキーをおかわりしている。僕は1杯のソルティドッグで十分に酔った。江頭さんのいる下関。ちょっと遠いけどまた来たいと思った。

翌朝は、江頭さんの指示に従って小倉駅のホームでうどんを食べてから蒲郡に帰りました。1、2番線ホームにあるこの店舗が古くていい雰囲気です

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