
写真:和気あいあいとしているけれど真剣なサカナヤマルカマの作業場。今日は料理を学びたいとわがままを言ったら……。
※本記事は取材先のご希望で無料公開に設定します。お楽しみいただけると幸いです。
みんなと一緒に働く中で学ぶべきことを見つける場。それがサカナヤマルカマ!
「大宮くん! ここは自分が学びたいことを学ぶ場じゃない。みんなと一緒に働く中で学ぶことを見つける場なんだよ」
鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ(以下、マルカマ)」で、アドバイザーの上田勝彦さんから雷を落とされた。僕はマルカマ取材が4回目なので少し慢心していたのかもしれない。経緯から説明しておきたい。
訪問1回目(記事はこちら)では、鹿児島県阿久根市という産地と神奈川県鎌倉市という消費地をつなぐ協同販売所というコンセプトに興味を覚えた。企画・広報の狩野真実さんと店長の田島幸子さんにフォーカスして、マルカマの全体像を自分なりに書けたと思っている。
2回目(記事はこちら)では、上田さんと狩野さんが地元の神奈川にある小田原漁港の市場でも仕入れをすると聞きつけて同行させてもらった。マルカマに戻った後はイワシをさばく体験もできた。
そして3回目(記事はこちら)。「キッズデイ」に接客担当サポーターとして参加させてもらい、魚好きの子どもたちと戯れつつ、新たにマルカマに参加した3人のアルバイト女性(いずれも東京海洋大学出身!)のお話を聞くことができた。
慣れた手つきでワカシ(ブリの稚魚)をさばく狩野さん。ワカシのフライをコショウとレモンで食べたらすごく旨いそうです。
すり身揚げを習いたい、ダメなら他の料理をと駄々をこねていたら……
次は、総菜作りを取材したい。「和洋中何でもおまかせ」というマルチな料理人である松井康さんに密着してすり身揚げを習いたい、と勝手に思っていたのだ。
様々な魚の端材を集めて作るというすり身揚げ。やたらに美味しく、1個250円という強気の値段でも売れる。接客体験でも人気を実感した。「丁寧な仕事で魚の全てを無駄なく活かします」というマルカマのポリシーの3つ目を体現するような商品である。
「すり身揚げは今日は作らないよ。ほら、こういう端材がもっとたまったらまとめて作るんだよ」
意気込む僕に対して、申し訳なさそうに冷蔵庫内を見せてくれる松井さん。主な料理をほぼ一人で担当しているので明らかに仕事に追われている。当たり前だが、マルカマは僕の都合に合わせて運営しているわけではない。
すり身揚げじゃなくてもいいので「魚の全てを無駄なく」使う料理を教えてもらえませんか? こんな風に駄々をこねて忙しい松井さんを困らせていたら、冒頭のように上田さんから叱られた。すみません、おっしゃる通りです……。
その日にやるべき料理を黙々と進める松井さん。フレンチレストランや180席もある居酒屋の厨房で働いていたこともあるそうです。
水っぽいとバカにされがちな魚。刺身よりもフライが美味しいことがある
「よし。じゃ、大宮くんはこれをさばこう。小田原で揚がったミズカマス(ヤマトカマス)だよ。一般的なアカカマスと比べると水っぽくて鮮度落ちが早いのでバカにされがちな魚だけど、フライにするとすごく旨いんだ。鮮度が良くても刺身が最適だとは限らない。魚種によって食べ方は違うんだ」
希望が叶わずにシュンとしている僕にすかさず声をかけてくれる上田さん。しかも、魚の有効利用について学ぶという僕の取材趣旨にそれとなく沿ったタスクである。これは真剣に取り組むしかない!
まず意外だったのはウロコ取りを使わないこと。上田さんによると、小魚に使うと皮に傷をつけてしまう恐れがあるからだ。包丁ならより繊細な仕事ができる。
「魚の頭を左に向けて、腹側から。腹は手前にあるから包丁の手前(刃元)を使ってウロコを引く。中のほうは包丁の中央部分で。魚の背は刃先で。手前は手前、中は中、先は先と覚えるといいよ」
ずいぶん細かく手順を決めるのだな、と最初は思ったが、10匹ぐらいのウロコを除去していたら意味がわかってきた。動きに無駄のない正しい手順を固定すると、作業に迷いがなくなり、たくさんの魚を迅速に間違いなく処理できるのだ。
フライ用なので、ウロコと頭を取り除いたミズカマスを背開きにする。この際、腹骨と背骨も一緒に取り除く。僕には難しい工程だが、上田さんは実演しながら丁寧に教えてくれる。うーん、なるほど。包丁を魚に入れながら途中で角度を変えるのか……。
ミズカマスの背開きに挑戦中。早くやらなくちゃと気持ちが先走りがちですが、まずは的確さを重視!
マリンスポーツ好きの元大学教授が魚屋でボランティアをする理由
100匹ほどのミズカマスをさばくのに夢中になっていると、お店がお客さんで混む時間帯になった。本当は魚さばきを学びたいアルバイトの中川遼子さんなどが接客と調理補助に大わらわになっている。
みんなお店の運営優先でがんばっているのだ。僕だけわがままを言ったことが今さら恥ずかしい。
「私は週のうち1日か2日だけ手伝う約束だったんだけどねえ。今ではもっと働くように頼まれているよ」
休憩時間中にきさくな口調で話してくれるのは柴田匡啓さん(62歳)。今年3月までは産業能率大学の教授を務めていた男性だ。マリンスポーツが大好きで、東京湾の入口である三浦海岸で「風があるときはウィングフォイル、風がないときはSUPフィッシング」という日々を送っていたらしい。課題は「釣り上げた魚をさばくのが下手」だったこと。
「クロダイ、スズキ、イナダ、マゴチ、ヒラメ、マダイ……。いろいろ釣れるけれど、釣れると苦痛でね(笑)。自分がさばくと魚臭くなって食べたくなるから、(釣果は)知り合いの飲食店にあげたりしていたよ」
そんな柴田さんがマルカマのことを「何かで知った」のは2022年の冬。すぐにサポータースタッフに応募して、今ではマルカマで多様な魚をさばいている。
「おろして(さばいて)サクにするまでが私の仕事。刺身や料理はやってないよ。お金をもらうつもりはない。しがらみが面倒臭いから。食べるのが好きだから、飲食業はずっとやってみたかった。でも、(生計を立てるための)仕事にしなくて良かったな。日銭商売は大変だから……」
こちらが柴田さん。産業能率大学に転職する前はカシオ計算機の社員だったとのこと。水産業や飲食業とは関係のない経歴のスタッフが多いのもマルカマも特徴です。(マルカマ提供)
素人が集まって事業を立ち上げて、続けているのが面白い
ややシニカルなことを言いたがる柴田さん。しかし、マリンスポーツの時間を削りながらもマルカマで働いている理由は「面白いから」。魚を上手にさばけるようになるだけではなく、マルカマと関わる人に興味が尽きないのだという。
「素人が集まって事業を立ち上げて、続けているのが面白い。ウエカツさん(魚の専門家である上田さん)がいることも大きいね。魚食を普及することにものすごく一生懸命だから」
この話を聞いて思い出したのは、中川さんは店長の田島さんの働きぶりに憧れていると明かしていたことだ。田島さんは優雅な鎌倉マダムなのに、町内会長も務めて、マルカマの運営主体である「一般社団法人鎌倉さかなの協同販売所」の代表にもなった。中川さんは田島さんの情熱的かつ主体的な生き方に共感しているのだろう。
人は本気になれば何歳からでも成長できる。尊敬や憧れはそのパワーになる。そして、学びというのは自分が知りたいことを知るだけでは不十分なのだ。
知りたいことが明確ならばネット検索をすればいい。僕は魚と魚食について何がわからないかもわからない。ならば、心惹かれる場所に飛び込んですべてを無心で吸収するべきなのだ。獲れた魚のすべてを食べるようなつもりで、サカナヤマルカマという魚屋を丸ごと味わおうと思い直している。(了)
上田さんが作ったミズカマスの背開き(フライ用)の見本。背骨も腹骨もキレイに除去されているのがわかります。
自分でさばいたミズカマスのフライを買って帰りたいな。中川さんが慌てて準備してくれました。最後までわがまま言ってすみません!
連係プレーで松井さんが揚げてくれました。強い旨みを感じて水っぽさなど皆無。ミズカマスのフライ、おすすめです!