2020/07/11 09:47

19歳の鴨下令梨さんと館長の小林龍二さん。年の差20歳ですが、なんだか兄妹っぽい2人です

※本ウェブマガジンの1周年を迎えるにあたり、この記事は無料公開します。どうぞお楽しみください。


我が町が誇る「しょぼ可愛い」観光名所
竹島水族館を独自取材で紹介します

 海に囲まれた日本。オーシャンビューはそれほど希少ではない。外から遊びに来てくれた人を海辺に連れて行っても、「故郷の海のほうがキレイだけど」なんて思われるかもしれない。
 せっかくなので他にはないものを見せたり食べさせたりして、喜んで帰ってもらいたい。できればまた来てほしい。すべての地方都市に住む者に共通する感覚ではないだろうか。
 僕が住んでいる蒲郡市は、美しい砂浜はないけれど全国に誇れる「しょぼ可愛い」水族館がある。駅から徒歩20分ほどの海沿いにある竹島水族館だ。
 シャチを飼育しようとしたら1頭分で敷地も予算も限界に達すると館員が自嘲するほどの弱小ぶり。しかし、若い館員たちの破天荒なまでの創意工夫と努力によって、廃館寸前から行列のできる水族館へと変貌した。そのV字回復ストーリーは僕が以前に書いたこちらの記事をご覧いただきたい。復活の立役者である小林龍二館長が書き下ろした『驚愕!竹島水族館 ドタバタ復活記』(風媒社)もちょうど今月から発売中だ。
 愛知県外から名古屋ではなく我が蒲郡に遊びに来てくれる人がいると、僕は必ずと言っていいほど竹島水族館に案内する。入館料は名古屋港水族館の4分の1(大人500円)なので、僕が何人分でも気楽に払えるのがまず嬉しい。
 所狭しと貼り出された手書きPOP、ユーモア溢れる水槽の展示、自虐ネタがちりばめられたアシカとカピバラショー、キモ可愛いお土産グッズ……。この館内に足を踏み入れて微笑まない人を見たことはない。地方の会社や個人がやるべきことは都会の真似ではなく、真面目かつ徹底的に自由な顧客満足の追求なのだといつも教えてくれる。これぞ我が町が誇る観光名所だ。

取材時の入り口外観。竹島水族館がやっていない竹島周辺はとても寂しかったです

10名弱の飼育員のうち5名が次々に退職
そして、コロナがやってきた

 現在、竹島水族館は2つのピンチに見舞われている。1つは、言わずと知れたコロナ禍だ。4月11日から休館し、「書き入れ時」であるゴールデンウィークに客を迎えることができなかった。経営面での苦労に加え、精神的なダメージが大きいと小林さんは明かす。
「楽しい展示を通していかにお客さんを幸せにするかが僕たちのテーマ。水族館は魚をお客さんに見てもらってなんぼ、なんです。せっかく海からうちの水槽に来てくれている魚たちにも申し訳ない。魚にタダ飯を食わしているという徒労感もあります(笑)。(アシカの)ラブはショーをやりたくて仕方ないようです。カピバラは『こりゃ、静かで楽でいいや』という態度を露骨に示していますけど(笑)」
 どんな状況でも冗談をはさむことを忘れない小林さん。5月末からは営業を再開できたが、密集を避けるために100名までの入場制限をしている。どんどん蒸し暑くなっている中、人手が多い休日は外で行列して待たなければならない。狭い館内と人気ぶりが仇になった形だ。
 もう1つのピンチはより深刻である。アルバイトも含めて10名足らずのスタッフのうち、最若手から順に5名が昨年末から今春にかけて竹島水族館を去ったのだ。2年ほど前に彼らを紹介する記事を書いた僕もショックだった。
 辞めた理由は「仮面ライダー俳優になりたい」から「家業を継ぐ」まで様々のようだが、わずか半年のうちにスタッフが半分も入れ替わるのは尋常ではない。1、2年でも退職時期をずらす配慮はできなかったのか。若者は身勝手だなと思うと同時に、竹島水族館の採用や育成の仕組みが適切だったのかと疑問を抱く。

こちらは2年前の館内。「カピバラ王子」の塚本さん、今頃どこで何をしているんだろう……。

公募をすると100倍の応募が来てしまう
悩んだ末に行き着いたのは「ご縁重視採用」

「水族館はどこも狭き門です。こんな田舎の小さな水族館でも、公募をかけると100倍ぐらいの応募が来ます。そんなに来ると、正直言ってどの人を採っていいのかわからなくなります」
 採用時の問題を率直に語る小林さん。世の中にはそれだけ「生き物好きだから生き物に関わる仕事がしたい」という若者が多く、就職先は少ないのだ。しかも、やりたいことと実際の仕事にはギャップがあることが多い。水族館員の場合、最も重要な仕事は生き物の飼育や繁殖ではなく、お金を払って来てくれるお客さんをいかに喜ばせるかを考えて実践することだ。その適性があるかどうかは、応募書類と面接だけでは見抜くことが難しいのだろう。
 若者の離職率の高さは他の業界でも指摘されている。竹島水族館だけの問題ではないのだ。小林さんは辞めたいという人を引き留めたりはしない。
「他にやりたいことがあるのならぜひ移って頑張ってもらいたい、活躍してもらいたいという考えです。いろいろなことに目が行って経験できるのは若者の特権だし、いいことだと思っています。その結果、タケスイ(竹島水族館)にいるより輝けたり、逆にタケスイのほうが良かったと後悔したりするでしょう。どちらにしても、モヤモヤしているよりは彼ら自身にとってもタケスイのお客さんにとっても長い目で見たら良いことです。でも、若い人は根性や我慢が薄いという側面もちょっとあります」
 去る者追わず、の方針なのだ。ただし、安定した運営のためにはスタッフの定着率を高めることは必要である。

生まれ育った地元の水族館への責任感
長く頑張って成長できる要因になる

 反省をもとに小林さんが考えた新しい採用方針は、「縁で巡り合った人を一本釣りする」という古風なもの。具体的には地縁と「学縁」である。蒲郡もしくは東三河地域に縁がある人を優先的に探すと同時に、小林さんの母校である北里大学水産学部および副館長の戸舘(とだて)真人さんの母校、東海大学海洋学部の人脈をたどって個別に募集をかけるのだ。
 悪く言えば縁故採用である。しかし、縁をたどることによって価値観を共有する人が集まりやすく、簡単には辞めにくくなるのも事実だ。
「地元出身だと『蒲郡愛』があるので、自分が生まれ育った町の水族館への責任感と意気込みが高まります。それを捨てて他へ移ることは思い留まって長く頑張る要因になるでしょう。昔、僕も『こんなショボ水族館は辞めたい』とずっと思っていました。それでもタケスイを辞めずにやって来られたのは蒲郡が好きだからです。また、地元には支えてくれる人がたくさんいます。ピンチのときに助けてもらえることも少なくありません」

大型新人・鴨下さんの提案で、オットセイを客席に出してショーをする練習をしています。実現したらすごいことですね!

ダイビングの全国大会で総合優勝経験あり
センス抜群の新人アシカトレーナー

 ご縁重視採用の代表格が最若手の鴨下令梨(れいり)さん。この春、竹島水族館から歩いていける距離にある三谷水産高校を卒業したばかりの新人だ。蒲郡市立中部中学校時代に、「どうしても」と教師に交渉し、中学生としては例外的に竹島水族館での職場体験をした過去がある。そのときのことを小林さんは鮮明に覚えている。
「水族館には危険な生物もいるので、高校生以下の研修はお断りしているんです。でも、知り合いの先生から『安室奈美恵みたいなかわいい子が強く希望している』と言われて心が動きました(笑)。1日だけ受け入れたら、魚の餌作りを嬉しそうにニヤニヤしながらやっていた姿を覚えています」
 その4年後、三谷水産高校で打ち合わせがあった小林さんは校内で鴨下さんと偶然に再会。沖縄のダイビングショップで働くつもりだった彼女をスカウトしたのだ。高校時代はダイビング部に所属し、全国大会で総合優勝経験もある鴨下さんは、アシカトレーナーとして抜群のセンスを発揮している。
「(オットセイの)カイくんは性格が私と似ています。面倒臭いことはやりたくないんです。ラブちゃんも嫌がっているかどうかはわかります」
 マリンスポーツをはじめ、体を動かすことが大好きだという鴨下さん。まったく物おじせず、甘やかすこともせず、アシカたちに向き合っている。期待の大型新人である。

カイくんに思いっきり顔を近づける鴨下さん。信頼関係がなかったら噛まれてしまいかねない。

館長と副館長でそれぞれの学閥形成!?
北里大学水産学部VS東海大学海洋学部

 ワイルドな雰囲気の鴨下さんと対照的なのは、やはり新卒採用の平松涼太郎さん。名古屋市出身のいわばよそ者だが、東海大学海洋学部をこよなく愛する戸舘さんの「弟弟子(おとうとでし)」という強力なご縁がある。
「竹島水族館には子どもの頃から何度も来ていました。僕がお世話になった先輩学芸員さんのさらに先輩が戸舘さんです。大先輩のもとで働けて光栄です!」
 いかにも素直そうな平松さんには2つの目標がある。1つ目は、お客さん目線での展示ができる水族館で働くこと。これは竹島水族館への就職で見事に達成された。
 もう1つの目標は、「人と自然が調和できる空間を作る」という壮大なものだ。子どもの頃は単なる魚好きだったが、学生時代から生涯学習に興味が広がったらしい。
「お客さんが楽しくいろんなことを知ってもらいたいと思っています。海や川の環境はそのごく一部です」
 高い理想を掲げながらも飄々と働いているところが戸舘さんと似ている。戸舘さんのすべてを吸収するぐらいの気持ちで頑張ってほしい。

閉館中は「メダカのテイクアウト」と称して養殖メダカを販売していた小林館長。新人の平松くんにもその商魂を注入してください

「企画展をやりたい」と言っていた割に表現力がない自分に気づきました

 小林さんの北里大学も負けてはいない。東三河の中心都市である豊橋市出身の山田圭祐さんを別の水族館から引き抜いた。平松さんと同じく学芸員の資格を持ち、9年の現場経験もある即戦力だ。
「前職は飼育の委託業者の立場だったので、展示などの企画を立てることができませんでした。大学つながりでお世話になった先生に『地元に帰って働きたい』と相談したら覚えていてくださり、大学に出た竹島水族館の求人を教えてくれたのです。本当は新卒者の募集だったのですが、先生が小林館長に問い合わせてくださり、入ることができました」
 地元の水族館で、好きなだけ企画展ができる。願ってもない環境である。ただし、実際に働いてみると、「やりたいと言っていた割に表現力がない」自分に気づいたらしい。謙虚な自己認識である。
「POPを書くのもすごく時間がかかっています。くだけすぎても、必要な情報を伝えられないし……。いい塩梅がまだ見つかりません」
 淡々とした口調でぼやく山田さん。一回り年下の鴨下さんから「よくいじられます。一日一度、ワッと驚かされたり」しているようだ。
 山田さんは不思議な愛嬌のあるキャラクターなのだと思う。北里大学は個人主義の校風らしいが、たまには小林さんに相談して、そのキャラを生かす道を一緒に考えることをお勧めしたい。

担当する魚にもそっぽを向かれている山田さん。いいキャラです

前職は警察犬の習い訓練士
犬とカピバラの決定的な違いとは

 酒向穂(めぐみ)さんも中途社員。前職はなんと警察犬の見習い訓練士だ。ようやく訓練士の資格を取ったタイミングで、事情があって蒲郡市の隣にある豊川市の実家に帰ることになった。
 竹島水族館のアルバイト募集を見つけ、受付業務やグッズ販売を始めたのが昨年の夏。小林さんは酒向さんの経歴を知っており、昨年末にカピバラ担当だったスタッフが辞めることが決まった時点で酒向さんに「やってみない?」と打診。犬とカピバラ。一応は哺乳類つながりだ。
「犬と違って、食べるのが遅いなあと思っています。犬は従わせるのが基本ですが、カピバラは言うことを聞かなくても仕方ありません。彼らの気分に人間の私が従っています」
 カピバラに餌をあげている様子を拝見したが、酒向さんがじっくりとカピバラに向き合っているのが伝わってきた。他のことはあまり気にせず、カピバラのペースに合わせて餌をあげているのだ。アシカとほぼ一体化している鴨下さんと似ているかもしれない。
「私は早口になってしまうので、カピバラショーをやるのは心配です」
 不安を隠さない酒向さん。客の受けを意識しすぎるよりも、カピバラ目線で一緒にショーをしたりしなかったりすると面白くなる気がする。

カピバラに餌をあげながらショーの練習もしている酒向さん。「阿吽の呼吸」を身に着けてね!

ピンチをチャンスに変えてきた竹島水族館
「新人の武器はお客さんに一番近いこと」

 縁もやる気もある新しいスタッフが入ったこともあり、館長の小林さんは今後を悲観していない。むしろ、ピンチは飛躍のチャンスだと思っている。人気生物がいない代わりに人間(スタッフ)こそが竹島水族館のキラーコンテンツだからだ。
「振り返ってみても、環境が悪いときに『どうにかしないと潰れちゃう』という気持ちで新しいことを生み出せました。手書きPOPも(深海魚に触れる)さわりんぷーるもそうです。新人はお客さんの一番近い発想を持っているのが最大の武器。僕や戸舘はここにどっぷり浸っているので、新しいものは出てきません。2か月近くも閉館していたので、新人をゆっくり育てる時間をとることもできました。彼らの活躍に期待しています」
 この記事をアップする頃には、新たにもう1人、女性の飼育員が他の水族館から移ってくる予定だ。若手5名が完全に入れ替わることになる。炎天下の外で行列して待っているお客さんに何かサービスする企画が出てくるかもしれない。
 困難を乗り越えるたびに魅力を増してきた竹島水族館。その新しい歴史はすでに始まっている。(了)

竹島水族館の名物の手書きPOP。山田さんの作品。絵が上手じゃないですかと褒めたら、描くのに1週間もかかったとのこと。時間かけすぎ!

こちらは鴨下さん作の手書きPOP。天性のものを感じます

竹島水族館の社用車の前にて、酒向さんと山田さん。「タケスイは眼鏡率が高いです」。頑張れ、メガネっ子!

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