2020/07/04 18:04

ダンスが縁で知り合った青木夫妻。すぐ近くに住む淳さんの父母と一緒に子育てしながら渦で働いています

※本ウェブマガジンの1周年を迎えるにあたり、この記事は無料公開します。どうぞお楽しみください。

 

苦手だった地元に戻った理由。抑圧されたからこそ今がある

 おばあさんが亡くなってから10年。ずっと空き家だった古い平屋に家族で住もうとDIYで改装した。モノづくりを始めていた妻の作品を販売するスペースは1室だけの予定だったが、いつの間にか家屋すべてを作業場および店舗として使うことに。それから4年。パート社員5名を抱え、繁忙期の夏場は月売上高が1千万円を超える人気ブランドになっていた――。「三河発の草木染めアパレルブランド」を掲げる渦が体験した奇跡のような開業物語だ。
「人気、なのかな? 競合を意識して商売したことはないのでわかりません。もしよそがうちを競合だと思ってくださっていればありがたいことだけど(笑)」
 渦のオーナーで営業担当でもある青木淳さん(36歳)は、やや早口かつマイペースな口調で答えてくれる。渦が立地するのは愛知県の西三河地方の海沿いにある一色町。淳さんが生まれ育った土地でもある。
 全国的には「一色産の鰻」で有名な土地だが、かつては盛んだった繊維産業は衰退。一色町の財政も悪化し、10年ほど前に隣接する西尾市に合併されてしまった。活気のある町とは言いがたい。
「昔は嫌でしたね。早く外に出たかったです。ご覧の通り何もない場所ですし、このへんの学校はやたらに管理が厳しかった。僕たちの前の世代は男子は全員坊主刈りにさせられていましたから。だから今があるのかもしれません。抑圧されたからこそ、人と違うことをやろう!と思いました」(淳さん)
 地元への微妙な気持ちを語る淳さん。大阪芸術大学を卒業後はテレビ番組などの音響効果を手掛ける会社に就職した。趣味のダンスで世界の大会に回った経験もある。その頃は一色町のことなどは忘れ去っていたはずだ。

生産が追い付かないほど売れている「サーカスパンツ」。オンラインショップに「3週間待ち」と記しても注文が入る(写真提供:渦)

理科教師の妻は自由な草木染めに「どハマり」。プロディース好きの夫との分業体制が確立

「私もこのへんの学校はおかしい!と思っていました。生徒の髪が1ミリでも耳にかかっていたら部活の大会に出させない、とか。そういう指導をしている先生がめっちゃパーマだったり(笑)」
 デザインと染色を担当している愛さん(30歳)も夫に同意する。愛さんは隣接する東三河地方の出身で、理科を専門とする教師として小、中学校で働いた。ホームページのプロフィール欄には「学校教育の生徒指導方針に疑問を抱き退職」とある。よほど肌に合わなかったのだろう。
 そんな夫婦が一色町で「職住ほぼ一体」の生活を始めたのは、子育てとDIYが理由だった。広い平屋を自分たちで片づけて好きな空間を作ってのんびり暮らしたい、という思いが高まった。当時、淳さんは直前まで働いていた製造業の営業職が「まったく合わずに即退社」したばかり。体調を崩してしまい、闘病をしながらも自営業を模索していた。
 昔からお絵かきやモノづくりが好きだったという愛さんは勤務先の中学校を育児休暇中。着古した服を切り合わせたパッチワーク小物が好評で、友人から製作を依頼されるようになっていた。製作に夢中になり、様々な生地に触れていく過程で、色味の美しい個性的な服を作る「師匠」に出会う。西尾市内で天然染料を使った洋服作りをしている江本眞弓さんという女性だ。
「私はもともとオーガニックへのこだわりはありません。藍染や絞りの生地はおばあちゃん臭いなーと思っていました。でも、江本さんの作風は斬新で衝撃を受けたんです。後ろ前どちらでも着られるとか、袖の長さが左右で違っていてもいいじゃない、という自由な服。フリースタイルでいいな、私もやりたいな、と思いました」(愛さん)
 染色は化学反応である。一方で、草木染めは均一な製品を作ることは難しい。理科教師としての知識も生かしつつ、「フリースタイル」を実現しやすい。
 愛さんは草木染めに「どハマり」。淳さんと一緒に生地を買い、染色し、縫製し、イベントなどで販売する日々が始まった。淳さんはもともと演出が得意なので、妻の作品をプロデュースすることに没頭。ホームページも自作した。それが現在の主要な販路であるオンラインショップにつながっている。開業を決意し、愛さんは学校教師を退職した。

改装して住む予定だった広い平屋は今では渦の作業場兼店舗です

デザイン、素材、縫製、そして値段。買う人が「納得」できる商品作りを追求する

 青木さん夫妻を筆者に紹介してくれたのは、同じ西三河地方でニット工場を経営する妻だ。渦とも取引がある。「オーガニック」をやたらに追求するのではなく、ちゃんと商売として製作・販売している姿勢に共感しているらしい。
「僕たちは素材のいいところをそのまま使いたいだけです。デザインとしていいから手で染めているものが多いのですが、コストも考えると手染めじゃないほうがいい商品もあります。自分たちが客の立場になったとき、納得のいく生産方法と値段なのか。それを大事にしています」(淳さん)
 2016年の開業当時、淳さんと愛さんは繊維業界のことはほとんど何も知らなかった。しかし、地元はかつて繊維産業が盛んだったことは覚えている。2人は良い生地を求めて、まだ元気に操業している機屋(織物工場)に出向くようになった。
「『これ、300メーターとか買えます?』『最低1キロからだよ。でも、余りがあるから300メーターでもいいよ』。こんな会話から取引が始まることが多いですね。人づてに聞いて、電話をして直接交渉に行きます。会ってみると、『量は少ないけれど、とりあえずいいよ』と言ってくださることもあります。ありがたいことです。繊維関係ならば、三河地方でたいてい何でも揃うこともわかりました」(淳さん)
 淳さんによれば、素人として様々な工場に出向いてゼロから知識を入れたことは、素材についてちゃんと知りたがっている顧客への情報発信に役立っている。いわゆるトレーサビリティだ。実際、渦のオンラインショップを見ると、商品の生地、染色、縫製の場所までが細かく記載されている。
「百貨店の販売員さんはコーディネートには詳しいと思います。でも、素材がどこでどのように作られているかまではわからないでしょう。僕たちはそこに手間をかけて、買う人が納得できる説明をするように心がけています」

店舗の入り口。こんなハイセンスのおばあちゃん家があったらすごいですよね

生地や縫製の生産現場まで足を運ぶと、「どんな商品を作るか」が自ずと限定されてくる

 生地などの生産現場まで足を運ぶと、どのようなこだわりで素材が作られているのかがわかり、「何を作るか」が自ずと限定されてくる。例えば、ゴワゴワした質感だけど通気性と丈夫さを重視した生地に出会う。淳さんと愛さんは「これをトップスにするのはあり得ないね」と即断。他の使い道を探し、染色などの加工方法を考え、開発ストーリーも伝えながら販売する。
「アパレル向けのお洒落な柄の生地が多い静岡などと違い、三河の生地は白色ばかり。自動車製造などの資材に使われることが多いからだと思います。染めないと売り物にはならないのです。だから草木染めや刺繍を施していますが、それが絶対だとは僕たちは思っていません」(淳さん)
 天然染料は長く使っていると薄くなったり変色したりする。渦では無料の染め直しも受け付けているという。機能や値段など、顧客の視点に立つことを貫いているのだ。
 そして、上記のように素材面での制限もある。生地ありきの商品開発と言ってもいいだろう。「自分が作りたいものを何でも作れる」という立場ではないのだ。
「自分たちが作りたいものはあります。でも、地域のコネクションを生かして生産し、お客さんが求める価格帯で売り出さなければなりません。それで初めて自分たちのオリジナルの商品作りやブランディングができるようになると思っています」(淳さん)

廊下の脇にはファミコンカセットなどの昭和なグッズを展示。スタッフの紹介ボードもあります

オリジナリティとは、地域や関係者と真剣に向き合う過程から生じるもの

 渦の経営方針は、「人に喜ばれるオリジナリティとは何か」という問いの答えになりうると筆者は感じた。それは自分の頭だけで生み出せるではなく、地域に根差しつつ取引先や顧客といった関係者と真剣に向き合う過程で自然と生じるものなのだ。
 アパレル業界では、オリジナルと見せかけつつ、表面的なデザインだけをコピペしたような商品が横行している。だからこそ、渦のような手間暇かけた唯一無二のブランドが際立つ。見た目だけ渦の真似しても、現代の顧客にはすぐに見破られてしまうだろう。
「毎月、前年比1.5倍ぐらいで売り上げが増えています。夏場のピーク時は人員も設備も限界です。フル回転過ぎて、この状況が嬉しいのかどうかもわかりません。でも、お客さんから喜びの感想をもらったりするのは嬉しいですね」(淳さん)
 4年前、自分たちのライフスタイルを変えるために一色町に戻った青木夫妻。そこで出会いと需要があり、現在の盛況につながっている。人員や設備を拡大することはあっても、今の暮らし方や経営方針を大きく変えることはなさそうだ。
 地方でのんびり暮らしつつ、全国の顧客を相手に精力的に働く。いいとこ取りの生活形態だ。オンライン化が加速する中、実現可能だと思う。そのためには青木夫妻が貫いているような真のオリジナリティが不可欠だが、謙虚さとやる気があれば誰もが実践できるだろう。オリジナリティの種は地域と自分の中にすでにあるのだから。(了)

フィッティングルーム付きの店内。外部クリエイターとのコラボ商品も販売中です

帽子や財布、子供服なども企画・製作・販売しています

藍染の作業風景。営業担当の淳さんも染色作業では主力スタッフです

染める作業を何度か繰り返すとこんな深い色合いになるんですね。淳さん、ちょっと誇らしげ

注文生産の手ぬぐいを製作中の愛さん。デザインの発想は遊んでいるときに浮かぶことも多いそうです


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