2020/07/20 17:39

経験は確かに固定概念も生むが、一方でそれを活かすことでより解像度の高いアイデアや構想にもなる。結局どんなものでも使い方であって、「だから経験は駄目だ」というのはまずいと思うし、筋が悪い。

社会課題に対するアプローチとしては、自分で解決するというのはわりと挙がる。自分が知った、なんとかしなきゃ、今困っている。クリティカルなことがあったりして、かつそれは国や行政、企業や個人の力ではなかなか出来なかったりする。

人のやることにイチイチ口を出すことはないはずで(それほど人は暇ではないから)、とはいえ関わりが生まれたら話が違ってくる。もちろん口を出すというのはアドバイス的なことか、単なる批判(建設的という意味であって欲しいのだけど)かでまた違う。

自分の関わり方がどういう形がいいかはわりと吟味して良くて、多くは、僕も含めてということで「そこまでコミットしてこれでないといけない」ってこと、あまりないのではないかなと思っている。というか、そうやって生きている。

つまり、役に立つ立たないみたいな二択やその「役に立つかどうか」だけで見るのは、他人や人の目線でしかなくて、「自分がどうか」ではなかったりする。自分がどうかが分からないみたいなのもあるのは分かるが、それって「自分が分からないとだめです」みたいなことでなく、あればそれで、なくてもいいんじゃないですかとなっていって、理屈ではなく感覚での話。感覚で「これいいなー」「好きだなー」とやっている人である程度いいなーと思える人はそもそも「自分こんなのやっていいのかな?」「自分がわからん」とはならないはず。

感覚で生きればいいのだということでなくて、感覚が麻痺ってるとそもそもこの感じが全く伝わらなかったりするのだけど、感覚めちゃくちゃ大事、論理も大事。そしてスケールや関わり方も大事。

うまくいかないことや失敗から学ぶ方が効率的な気がするので、効率的な人はめちゃくちゃ失敗している気がする。あと自分もそうということで。

アイデアに対する関わり方もビジネスに対する関わり方もその人やその人のタイミングで色々あって色々いいみたいな。でも何か土台や安定的なものってそこに物理的でなくても、コミットとして時間やお金を使うのでそこなんだよなあと。そこは結局変わらないので、徒党を組むということで変わらない気がする。そこをAIがサポートしてもやはり変わらない気がする。例えば合える人が増えてもより悩むとかって課題はありそうでとても人間らしい。

アイデアがあればあるほど悩みは少なくなると思うけれど、そもそもアイデアがあって選択肢があるからどれを選んでいいか分からないなんてのもありそう。けれど万能な解決策はないので、そこでいえば「これいいな」と思ったものをやってみてどうかみたいな。

それが社会課題であればそれでいいし、でないならそれではないことをやればいいと。

そんな励ましが届けばグッド。

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