2018/07/23 21:38

皆さまこんにちは。清水悠子です。

近頃ひどく暑くなってまいりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

今回は、今年の初めに東京藝術大学の卒業制作展示で発表した『Phantom pain』という私の作品について、学内の講評会で話したこと・話さなかったことも含めてまとめておこうと思います。

①大学内の講評会で話したテーマ

「欠けの肯定」

足りない能力は研鑽すればよいと考えて勉学や実技の修練に励んできたこれまでの私の人生でしたが、どの分野にも必ず自分よりもずっと優れていて自信に満ちた人が存在しています。どんなに誠心誠意努力をしても、それだけでは手に入らないものがあります。

私には自己肯定感が欠けています。自分は自分のまま生きていてもよいという基礎的な自信、それが欠けているということは人生においてはハンディキャップでしかありません。自分の考えを臆さず話せる、誰かに嫌われても大丈夫と思える、そうした基礎的な自信をきちんと身に付けている人の方が生きていく上で絶対に有利だと考えています。

基礎的な自信を当たり前に身に付けられている人にとって、こうした感覚への理解は難しいことです。ネガティブな言動は鬱陶しいですし、どこまでも成果や承認を追い求めて飽き足りない様子は欲張りにも見えるでしょう。

しかし逆に言えば、「自分は自分のままでよい」という自信が欠けていることで、いつまでも努力や研鑽を続けることができます。自分と同じように自信の傷んだ人の気持ちを想像することもできます。こちら側からしか見えないものもあります。

私が絵に癒され、絵を求める気持ちもここに関係しています。

どう足掻いても手に入らないものがあること、それを認めるのは初めは悲しいことでした。しかし完璧な人間などいませんし、みんな何かが欠けていたりする。欠けや弱さがあっても社会は人を見捨てないように、優しくできています。

自己肯定感の欠けは社会に迷惑をかけてしまうこともありますが、だからこそできることもあります。私はそれを認めて、大切な自分のアイデンティティの要素だと肯定することにしました。

欠けていてもよいのだ、ということを身体の欠損とキャンバスの穴という要素に込められないかと試みたものです。

 

また他に、絵を描くようにキャンバスを切って穴を開けてみること、身長より大きなキャンバスを使うということはこれまでの制作の流れでやってみたいと考えていたことでもあります。

そして、作品を見るためにわざわざ足を運んでくれた鑑賞者の方を疲れさせてしまうのは自分の本望ではないという考えもあり、どんな方でも気軽に座って休んでもらえるようにとソファー代わりのベッドを設置してみました。

 

②ヨーロッパ周遊とゲーム作品のこと

ここからは大学ではほとんど話さなかった内容です。

卒業制作の内容を確定する前の大学4年の夏休み中、私はどうしても海外滞在を経験したくてアイルランドでの1ヵ月ほどの語学留学とヨーロッパ美術周遊に行ってきました。

周遊の最中、ドイツのカッセルで行われていた現代アートの祭典『ドクメンタ 14』も見て回ったのですが、その中で非常に印象深いアーティストの作品と出会うことができました。Lorenza Böttnerさん。男性の体に生まれ幼少期に事故で両腕を欠損し、バレエやジャズやタップダンスに関心を持ち、足と口を使って絵を描くことを学び、その後名前を自分の女性性を肯定したものに変え、トランスジェンダーのアーティストとして活動された方でした。1994年に亡くなられています。

アーティスト自身の映った写真表現を含め、複数の作品でできた展示でしたが、写真に写った彼(彼女)の姿を見て、肩から先の欠けた姿がどうしてこんなに美しいのか…と感銘を受けました。ペインティングでは、両腕の欠けた姿で赤ん坊に哺乳瓶でミルクを飲ませている本人が描かれていました。絵の色彩は暗いのですが描かれている本人の表情が優しい笑顔で、不思議と悲しさや切なさよりもポジティブな印象を受けました。彼(彼女)が授乳をするには2つのハードルがあり、それは悲願を訴えた姿かもしれませんが、私は「そんなことは関係ない」とでも言っているような前向きな強さを感じることができました。

そんなLorenzaさんの作品群を見ていて思い浮かんだのは、その周遊旅行で後日モデル地を訪ねることにしていたとあるゲーム作品のことでした。私に最も影響を与えた好きなゲーム作品の一つ、『VAGRANT STORY(ベイグラントストーリー)』には、四肢を無くした中性的な男性キャラクターが登場します。私の「美」のイメージを作っているキャラクターの一人ですが、Lorenzaさんの姿は彼を髣髴とさせるものでした。

Lorenzaさんの存在・作品と偶発的に出会い、そこから繋げてベイグラントストーリーの世界のことを旅の間中考えていました。欠けた身体を描きたいと考えたのはそうした理由からだと思います。私の制作は思想・コンセプトよりも、身体感覚・視覚イメージが主な原動力になっていることが多いので、短絡的で浅いと言われればそうかもしれません。

ちなみに、ベイグラントストーリーのモデル地であるフランスのサン=テミリオンは、ボルドーの近く、ワインの生産地として有名なとても小さな町で、広大な葡萄畑に囲まれた坂の多い石造りののどかな町でした。

ベイグラントストーリーの物語の最後、スタッフロールの冒頭に「THE PHANTOM PAIN」という言葉が表記されます。日本語で幻肢痛(げんしつう)という意味で、事故などで無くしたはずの手足に痛みを感じる現象の名前です。作中ではキャラクターの無くした四肢の痛みが具体的に描かれる訳ではありませんが、各人物が自分にとって大切な人間を死なせてしまうことが鍵として描写されていて、その罪悪感を背負って生き続ける心の痛みのことを表している言葉ではないかな…と私は考えています。

無くした部分の幻の痛み…そのニュアンスに惹かれ、いくつかの候補の中から最終的にこの言葉を卒業制作のタイトルとして選びました。

 

胸の苦しさを引き起こす心の穴のようなもの…在学中の制作テーマとして漠然としたこうしたイメージは持っていましたが、自分がただ強くて綺麗なだけの表現ではダメだ、足りない、と感じる理由が分かってきたように思います。心が健康で素晴らしい人たちのようにポジティブでいなくては、綺麗なことだけ見せなければと思うと自分の胸の穴を無視することになってしまいます。

自分自身が寂しさや重さのある絵に惹かれるのと同じように、そうした表現で少しでも癒されるような人にこれから絵を届けられるようになりたいと思っています。

 

表現をしていく場所や体制が確定して整うまで今年はしばし時間がかかってしまうかもしれませんが、長い目で応援していただければと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

清水悠子

このアクティビティが気に入ったら、
シェアしてみませんか?

コメント