2022/03/10 19:00

みほとけの寺子屋 第13回オンライン勉強会を終えて


みほとけの寺子屋では、毎月2回、お寺や仏像を中心とした勉強会をオンライン形式で開催しています。


第13回目となる1月29日(土)は

今、大河ドラマで話題となっている、鎌倉殿の13人に因んだ学習をしようということで、

鎌倉市の明王院住職である仲田昌弘師を講師にお招きし、このドラマゆかりの寺院などについてお話をいただきました。

仲田師はゆかりのお寺として、
覚園寺
寿福寺
そして今は無い 永福寺 等を取り上げました。


覚園寺は仏像ファンならご存じの方も多いかと思いますが、
鎌倉~室町期の仏像を数多く蔵する、鎌倉でも極楽寺と並ぶ仏像彫刻の宝庫です。

その覚園寺には薬師堂に大柄な十二神将がありますが、
そのうちの戌神像(伐折羅大将)は、北条義時の命を救ったとの伝説があります。

それは、源実朝が鶴岡八幡宮参詣時に、参詣時の太刀持ちを義時が務めるはずでしたが、夢のなかで戌神が現れ「太刀持ちに同行するのはやめろ。」と忠告を受けました。
義時は忠告を聞かずに太刀持ちに向かう途中で白い犬に睨まれ、慌てて帰ったのですが、その後実朝が暗殺され、義時から交代した太刀持ちも斬られてしまいます。
そのため、義時は戌神によって命が救われたことを感じ、より一層信仰を厚くしたとのこと。
覚園寺は1218年に義時が建てた大倉薬師堂が前身であるといわれています。

寿福寺は鎌倉五山のひとつに数えられますが、北条政子が開基と言われます。
寺内には政子と実朝の墓所がありますが、普段は堂内はおろか境内の拝観も許されないお寺ですが、毎年開催される十三仏参り時は拝観が許されます。
先代の住職は書の達人であり、御朱印も大変すばらしい字で書く時の音が他の人と違うと、仲田師はお話をされました。

また、永福寺は今は伽藍がありませんが、かつて堂塔が存在した跡地が残されています。
源頼朝が奥州合戦で落命した武将を供養するために建立し、当時は平泉中尊寺を模した大伽藍でした。
仲田師のお話のなかで、頼朝が実弟の義経を奥州で攻めるのですが、義経をかくまった挙句、頼朝の要求で義経を裏切った藤原泰衡をも処刑してしまうのです。主を裏切るヤツは信用できないというのがその理由ですが、それにしても打ち取った首をくぎ付けにするなど、この時代の武将は「武士の情け」どころか血も涙もないのかと思わせるものです。
 

仲田師は毎年、「古都鎌倉十三仏霊場巡拝」と「鎌倉七幸天女めぐり」という巡拝ツアーも自ら企画されています。
十三仏はもう10年も続けておられ、始めた当初はすぐ終わるだろうと思っていたものの、堂内に上がって仏像を拝観し、新鮮な気持ちを抱かせることや、合間に仏像の話や本尊以外の像にも触れるなど、飽きのこないやり方仕方で今日まで続いてきました。

天女めぐりも淡島明神やら蛇苦止明神など、聞いたことのないような尊名が多かったのですが、蛇苦止明神は北条氏と対立の末、滅亡させられた比企一族の悲劇から生まれた特殊な女神であり、女性の幸福を祈願する多くの人が明神を祀る妙本寺を訪れます。
 

 鎌倉殿の13人に因んだ今回の勉強会は、当時の武将たちの非情でしたたかな戦略を知るとともに、寺や仏像に隠された興味深い伝説などを学ぶことがでました。


しかし、その中心には女性である北条政子が常にいたことを考えると、仲田師
言うように、多くの男性が恐れおののいていたという説も納得がいきます。

仲田師は、これらの歴史的なストーリーを知るための参考書として、漫画の「吾妻鏡」を紹介されました。
自分も機会があれば、読んでみようと思います。

 仲田昌弘師には興味深いお話を盛り沢山いただきました。
 大変有難うございました。

 十三仏及び天女巡りを、いずれの機会にやりたいものですね。
 

                              プチトマト



プチトマトさん、書いてくださりありがとうございました!
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興味のある方はお気軽にご参加ください。


南無〜

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