
2020年2月23日(日)
カンボジア政府認定NGO、サイドバイサイドインターナショナルさんのご協力でコーラップ4孤児院を訪問し、ワークショップを開催させて頂きました。
元は職業訓練所もあったという孤児院には69人の子供達が暮らし、私が訪問した時に会った中では1番小さな子は7ヶ月、1番大きな子は19歳でした。
貧困や保護者の病気など、さまざまな理由で家族と暮らせない子供達がこちらで暮らしています。しかし子供達は明るく、礼儀正しく、そしてお茶目で
比較的大きい子が小さな子供たちに目をかけて世話をしてあげていて、愛と信頼関係に育まれている様子が伺われました。修学年齢になると学校に通うのはもちろんの事、大学に進学して勉強を続けている子もいるとの事でした。英語が得意な子達に念の為通訳をお願いしましたが、殆どの子が英語でコミュニケーションをとる事ができ、ワークショップの進行もスムーズに行う事が出来ました。
学校に通う年齢の子供たちは、孤児院の外の世界も知っているが、未就学児はそうではない。突然、孤児院にやってきた外国人(私)を見た子どもたちの中にはびっくりして固まってしまう子もいたが、
挨拶を交わすとすぐにこぼれんばかりの笑顔になってくれた。
孤児院での食事の様子
【ワークショップ】
実際にワークショップに参加してもらったのは
12歳以上の子供たち24人。
まずはボランティアを2人募集して、英語の得意な子たちに通訳のお手伝いをお願いしました。
そして皆で自己紹介タイム、それぞれに照れながらも英語で自己紹介してくれました。
「私は日本から来たけど
みんな何か日本の事知ってる?」
と聞くと、遠慮しながらも喜びを隠せない声で、
「ホンダ!」
「トヨタ!」
など、日本車への信頼と人気が根強いカンボジアらしい返事がありました。
そんなやりとりを交わしながらワークショップスタート。
バレエを知らない子もいるので、まずは動画で「シンデレラ」を観てもらう。
初めて見るカラフルな衣装、ダンサー達の演技、観たこともない体の使い方の踊りに、圧倒されて沈黙する子供達。
カンボジアのお隣の国、ベトナムで学校訪問公演をした時とは全く真逆のリアクションで、事前に知らされてはいたものの、カンボジアの歴史から来る負の遺産の影響の深さをひしひしと感じました。
この痛ましい出来事は今も国民の心に深く傷を残しています。
ポルポト政権による大虐殺で失われた尊い人命は数百万人とも言われるカンボジアでは、身を守るためなによりも忖度が働くそうです。
驚いても声を上げたりせず、目立たない動作で周囲に気を配る、という反応は日本より顕著かも知れません。
実際にトウシューズを見せながら説明している様子
「バレエの爪先に立って踊るという特徴的な動きはトウシューズというとても固いシューズで支えられているのよ」
と実際にトウシューズをさわってみて固さにびっくりする子供達。
バレエについて少し紹介した後は実際にストレッチやバレエの手と脚のポジションに挑戦してみました。
長座になり、膝を伸ばしてみると砂ぼこりで真っ黒な子供達の足の裏が並び、なんともユーモラスな光景に思わず頬が緩みます。
しかし、膝を伸ばして座るだけの長座でもあちこちから痛い痛いの声が上がります。前屈を加えるとかなりきつそうでした。
全体的にみると、十代にしては身体が硬い印象でした。学校には体育というきちんとした教科もなく、基本的に運動や体操の習慣がないので、柔軟性の維持ができないとの事でした。まだまだ国民全体では健康を保つための生活習慣や食生活の教育は乏しく、子供たちの柔軟性の早期減退など様々な面で大虐殺の爪痕を感じました。また、柔軟性の維持などという一見、政府や行政の管理からは遠く思えるものも継続的な教育の産物であり、意思によって守られているものと知らされました。
Part 2に続く
この記事を書いた人
The Society For Art In Japan 副理事長 後藤 奈津子
明治大学商学部卒。1998年、単身渡米。その後、文化交流大使として米国に1年間滞在。
一部上場企業 翻訳通訳事業部に従事。環境教育NGO、バレエ団などで海外交渉を担う。
現在はSAJ副理事長として国内外にて芸術振興活動を行う。
アフリカ(ウガンダ/ケニア)中国、ベトナム、フィリピンなど様々な国での活動経歴を持つ。
コメント